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第七十五夜 ―― 井戸の淵の赤子と、石の聖域 ――
第七十五夜 ―― 井戸の淵の赤子と、石の聖域 ――
王宮の地下深く。冷たい水が滴る井戸の音が、不気味に響いている。
ザルカ王は、その闇を覗き込み、身震いした。
「……サフィア。五つの山を超えた先の街に、そんな冷酷な判事がいるのか。己の潔癖を守るために、罪なき赤子を井戸へ投げ込もうとする男……。法を司る者が、最も法から遠い場所にいるのはなぜだ」
サフィアは、古い「法典」を閉じ、第七十五夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第七十五夜 ――「ジプシー狩りと、償いの名」
その街の最高裁判事は、自らを「正義の体現者」と信じ、異端とされるジプシーたちを容赦なく弾圧していました。ある夜、彼は逃亡する女性を死に追いやり、彼女が抱いていた醜い容貌の赤子を「呪われた種」として井戸に捨てようとしました。
しかし、その時、大聖堂の司祭の鋭い声が響きました。
『……神の家の前で、これ以上の罪を重ねるつもりか! その子の命は、お前の罪の償いだ』
判事は神の罰を恐れ、赤子を育てることを承諾しました。彼はその子に、アラビアの言葉で「高い場所」を意味するアリという名をつけ、大聖堂の暗い影の中に隠したのです。




