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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第六十九夜 ―― 真実の蹄音(ひづね)と、言葉の虚飾 ――

第六十九夜 ―― 真実の蹄音ひづねと、言葉の虚飾 ――


王宮の書庫。床に広げられた地図の上を、一匹の蜘蛛が這っている。

 ザルカ王は、その蜘蛛が行き止まりに突き当たるのをじっと眺め、低く呟いた。

「……サフィア。ワラカは、あの気高き馬に、我らの世界の何を語ったのだ。数千の兵を動かす戦術か? それとも、国を統べる法理か? 馬にとって、それらは『知恵』として映ったのか」

 サフィアは、書棚から一冊の「空白の書」を取り出し、第六十九夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第六十九夜 ――「主人の問いと、文明という名の恥辱」

 ワラカは、主人のフウイヌムから、海を越えた先にある「ヤフー(人間)の国」について問われました。主人は、ワラカがヤフーと同じ姿をしながら、なぜ理性的に話せるのかが理解できなかったのです。

 ワラカは、中性的な静かな声で、自国の「戦争」について説明しました。

『……数万のヤフーが集まり、互いに面識もない相手を、ただ命令に従って殺し合うのです。土地を奪うため、あるいは「どちらが正しい神を信じているか」という、言葉の解釈の違いのために』

 主人の馬は、耳をぴくつかせ、困惑して答えました。

『……理解できぬ。食べるためでも、身を守るためでもなく、なぜそれほどの労力を殺戮に費やすのだ。そもそも、「嘘」という概念がない我らには、言葉の違いで殺し合うという事理が分からぬ』

 ワラカは次に、「法律」と「金銭」について語りました。

『……我々の国には、正義を捻じ曲げるために金を払って雇う「弁護士」という者がいます。そして、誰もが「輝く石(金)」を求めて、友を裏切り、親を捨てます。その石をたくさん持っている者ほど、何もしなくても尊敬されるのです』

 主人は、深い溜息をつくように鼻を鳴らしました。

『……ワラカよ。お前たちの知性は、正しく生きるためではなく、ヤフーの持つ「本来の悪徳」を増幅させ、より巧妙に、より醜く変形させるために使われているのだな。それは理性ではなく、魂の病ではないか』

 ワラカは、その峻烈な正論の前に、ただ項垂れるしかありませんでした。

 自国の誇りだと思っていた文明が、高潔な理性の前では、ただの「着飾った獣の狂気」に過ぎないことを、彼は骨の髄まで思い知らされたのです。

 サフィアは語り終え、空白の書を王の前に差し出した。

「王様。ワラカを打ちのめしたのは、叱責ではなく、主人の馬の『純粋な疑問』でした。……嘘や欲のない世界から見れば、我々が守ろうとしている名誉や富は、泥に塗れた石ころと何ら変わりませんのよ」

 ザルカは、蜘蛛が地図の端から落ちるのを見届け、その小さな背中を見つめた。

「……魂の病、か。サフィア、余が広大な領土を望むのも、この蜘蛛が壁を登ろうとする本能と変わらぬのか。……余は、馬たちの目に映る『滑稽なヤフー』に過ぎなかったのだな」

 王の瞳には、支配の拡大への執着ではなく、己の心の中に巣食う「ヤフー」を飼い慣らそうとする、厳かな自省が宿り始めていた。

「サフィア。己の正体を知ったワラカ。彼は、二度と人間の世界へ戻りたくないと思ったはずだ。……彼は、このまま『馬』として生きることを許されるのか」

 サフィアは悲しげに首を振り、遠くで鳴る「別れの鐘」の音に耳を澄ませた。

「フウイヌム評議会の決定。……『知恵あるヤフー』は、この国にとって危険すぎる存在である。ワラカに下されたのは、あまりに非情な『追放命令』にございましたわ」

 夜の帳が、理想郷の門を閉ざすように、冷たく、そして永遠に降りてきた。

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