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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第六十八夜 ―― 獣の鏡と、気高き蹄(ひづめ) ――

第六十八夜 ―― 獣の鏡と、気高きひづめ ――


 王宮の厩舎きゅうしゃから、一頭の名馬がいななき、その力強い足音が静寂を破った。

 ザルカ王は、窓外に見える馬たちのしなやかな筋肉を見つめ、その目を細めた。

「……サフィア。ワラカは数多の国を巡り、ついに最後の地へ辿り着いた。だが、そこでは『馬』が主人であり、人間が『獣』だというのか。馬が言葉を操り、人間が泥の中で争う……。そんな倒錯した世界に、一体どんな教えがあるのだ」

 サフィアは、銀の櫛で自らの髪を整え、第六十八夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第六十八夜 ――「荒野の怪物ヤフーと、銀の毛並みの賢者」

 ワラカは、自らが船長を務める船で、反乱を起こした部下たちによって見知らぬ島に置き去りにされました。

 上陸した彼がまず目にしたのは、全身を不潔な毛で覆われ、山羊のような髭を蓄え、木に登っては通行人に排泄物を投げつける、醜悪極まる怪物たちでした。彼らはヤフーと呼ばれ、欲望のままに交わり、石を奪い合って殺し合う、この世で最も忌まわしい獣でした。

 ワラカがヤフーの群れに襲われようとしたその時、一頭の美しい灰色の馬が現れました。

 その馬は、驚くべきことに知性を湛えた瞳でワラカを見つめ、静かな仕草でヤフーたちを退けました。

 ワラカは、その馬――フウイヌムの導きで、彼らの集落へと招かれました。そこには「嘘」という言葉さえ存在せず、友情と理性が支配する、完璧な調和の世界があったのです。

 しかし、ワラカに最大の衝撃が走ったのは、一頭のヤフーと顔を突き合わせた瞬間でした。

 毛を剃り、衣服を剥ぎ取ってしまえば、その怪物の骨格、顔立ち、その醜い爪に至るまで……それは、ワラカ自身と、そして我々「人間」と、何一つ変わるところがなかったのです。

『……私は、この汚らわしい獣と同じ種族なのか?』

 中性的なワラカは、自らの白い肌に触れ、激しい嫌悪と戦慄に震えました。

 彼はフウイヌムたちの高潔な徳に打たれれば打たれるほど、自分の中に眠る「ヤフーの血」を恐れるようになったのです。

 サフィアは語り終え、王の足元に跪く奴隷の姿に視線を落とした。

「王様。ワラカが鏡の中で見たのは、着飾った自分ではなく、欲望に塗れた『獣としての本性』でした。……理性という服を脱いだ時、人間がいかに卑小な存在であるかを突きつける、残酷な鏡ですわ」

 ザルカは、自らの指に嵌まった重厚な指輪を見つめ、それを外して机に置いた。

「……ヤフーの血、か。サフィア、余が戦に明け暮れ、他者の富を奪うのも、結局はこの獣の衝動に突き動かされていたからなのか。……馬たちに言葉があり、嘘がないというなら、余の宮廷にいる者たちよりも、よほど神に近い存在ではないか」

 王の瞳には、己の権威への誇りではなく、人間という種族が抱える「根源的な業」に対する、深い溜息が宿っていた。

「サフィア。ワラカはこの馬の国で、彼らの一員になれるのか? それとも、やはりその肌に刻まれたヤフーの呪いからは逃れられぬのか」

 サフィアは微笑み、王の胸元にある「知恵の紋章」を指差した。

「馬の主人との対話。……ワラカは、自分たちの世界の『戦争』や『法』、そして『金銭』がいかに理不尽なものであるかを語り、賢者である馬を絶句させることになりますわ」

 夜の帳が、獣と人を分かつ境界線のように、静かに、そして峻烈に降りてきた。

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