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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第六十六夜 ―― 召喚の霧と、砂塵に消えた英雄たち ――

第六十六夜 ―― 召喚の霧と、砂塵に消えた英雄たち ――


 王宮の地下。先代の王たちの石像が並ぶ沈黙の回廊に、一筋の冷たい風が吹き抜けている。

 ザルカ王は、自らの祖先の武勲を記した壁画を見つめ、吐息をもらした。

「……サフィア。ラタトゥイユの空想家たちに別れを告げたワラカ。次なる島は、魔法使いが統治する『死者の島』か。彼はそこで、過ぎ去りし日の英雄たちを呼び出し、何を問おうというのだ。死者の言葉に、生者を救う力があるのか」

 サフィアは、香炉から立ち昇る「青い煙」を手のひらで扇ぎ、第六十六夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第六十六夜 ――「グラブダブドリッブの魔術師と、イスカンダルの告白」

 ワラカが辿り着いたのは、代々の魔術師が統治する島、グラブダブドリッブでした。この島の主は、死者の魂を二十四時間だけ現世に呼び戻し、召使として働かせる力を持っていました。

 中性的なワラカは、その知性を認められ、主から「望む死者を呼び出し、対話せよ」という許しを得たのです。

 ワラカが最初に呼び出したのは、かつて東方を席巻した大征服者、**イスカンダル**でした。

 霧の中から現れたその影は、壁画にあるような神々しい姿ではなく、ひどく疲れ切った一人の男の顔をしていました。

『……イスカンダルよ。貴殿は毒殺されたという記録があるが、真実はどうなのだ?』

 英雄の影は、乾いた声で答えました。

『……毒などではない。私はただ、度を越した深酒による熱病で、自らの命を焼き尽くしたに過ぎぬ。歴史家たちの筆は、私の愚かさを「悲劇」という名の美酒に変えてしまったのだ』

 次にワラカが呼び出したのは、義理の父を討った誠実なる暗殺者、**バルトゥス**でした。

 彼は語りました。

『……私が剣を抜いたのは、裏切りのためではない。友を愛する以上に、民の自由を愛したからだ。しかし、私が守ろうとした民は、今や私の名を「反逆の代名詞」としてしか記憶しておらぬ』

 ワラカは、さらに数多の王や賢者を呼び出しましたが、そこで知ったのは驚くべき真実でした。

 高潔とされた王は実は卑怯な策士であり、戦場で功績を上げたとされる将軍は実は逃げ腰の臆病者であった。歴史という名の織物は、権力者におもねる者たちの「嘘の糸」で編まれていたのです。

 サフィアは語り終え、香炉の煙を王の顔へと寄せた。

「王様。ワラカが見た歴史の真実は、砂漠の蜃気楼のように脆いものでした。……英雄たちが真に望んでいたのは、美しい賛辞ではなく、己の『弱さ』を含めた真実を知られることだったのかもしれませんわ」

 ザルカは、壁画の祖先たちの顔を見上げ、その視線を受け止めた。

「……嘘の糸、か。サフィア、余のこの戦いも、百年後には『聖なる征服』として語られるのか。それとも『狂王の暴走』と記されるのか。……歴史家の筆一本で、余の魂が弄ばれるのは、あまりに耐え難いな」

 王の瞳には、名声への執着ではなく、今この瞬間、民に対して「誠実」であることの重みが、静かに刻まれ始めていた。

「サフィア。死者の声を聞いたワラカ。彼はこれで満足したのか? それとも、さらに過酷な『永遠』の呪いに触れることになるのか」

 サフィアは、決して枯れることのない「銀の枝」を指差した。

「第六十七夜。不死の人間**『ストラルドブラグ』**。……死ぬことができぬ彼らの瞳に宿る、無限の絶望と、老いの醜悪。ワラカはそこで、命に『終わり』があることの真の祝福を知ることになりますわ」

 夜の帳が、歴史の嘘を飲み込むように、重く、深く降りてきた。

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