第六十四夜 ―― 磁石の鼓動と、傾いた頭部 ――
第六十四夜 ―― 磁石の鼓動と、傾いた頭部 ――
王宮の塔の頂上。遮るもののない夜空には、星々が零れ落ちんばかりに輝いている。
ザルカ王は、天球儀を指で回し、ふと空中に手を伸ばした。
「……サフィア。ワラカはまたも難破し、今度は海賊に襲われて無人島に置き去りにされたというのか。だが、見上げれば太陽を遮る『巨大な影』が降りてくる……。それは雲か、それとも巨大な鳥の群れか」
サフィアは、地面に落ちた「磁石」を拾い上げ、第六十四夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第六十四夜 ――「飛翔する島ラピュタと、思索の叩き役」
絶望の淵にいたワラカの頭上に現れたのは、直径4.5マイル(約7.2キロメートル)に及ぶ、巨大な「飛ぶ島」でした。底面は滑らかなアダマント(金剛石)で覆われ、磁力の力で自在に空を浮沈する、科学の粋を集めた城塞――ラタトゥイユです。
島から降ろされた椅子に座り、天へと引き上げられたワラカは、そこに住む「賢者」たちの異様な姿に息を呑みました。
彼らの首はみな右か左に傾き、片方の目は内側を、もう片方の目は天を睨んでいました。彼らは常に数学や音楽の深淵な思索に耽っているため、隣に誰がいるのかさえ気づきません。
そのため、貴族たちの傍らには「叩き役」と呼ばれる使用人がつき、主人の口や耳を小さな袋で叩いて、現世に意識を呼び戻さねばなりませんでした。
『……これほど高度な文明を持ちながら、彼らは自分の鼻先にさえ注意を払えぬのか』
中性的な知性を持つワラカは、彼らの食事を見てさらに驚きました。肉は正三角形に切り分けられ、パンは円錐形、野菜は琴や笛の形に整えられていたのです。
彼らにとって、栄養や味よりも「幾何学的な正しさ」こそが重要でした。しかし、その服は寸足らずで、家々は歪んでいました。計算は完璧でも、それを現実に写し取る「手」が、彼らには欠けていたのです。
サフィアは語り終え、王の豪華な外套の刺繍をなぞった。
「王様。ラタトゥイユの人々は、天上の真理を追い求めるあまり、足元の泥濘に気づきません。……高潔な理想を語る口が、飢えた民の嘆きを聞き取れぬのであれば、その知恵は空に浮かぶ石と同じ、ただの重荷に過ぎませんのよ」
ザルカは、天球儀を止め、自らの足でしっかりと床を踏みしめた。
「……叩き役、か。サフィア、余の周りにも、耳に心地よい追従ばかりを述べ、余を現実から遠ざける『叩き役』が溢れている。……ワラカ。彼はこの空に浮かぶ奇妙な学園で、何を学ぶというのだ」
王の瞳には、星への憧憬ではなく、自らの領土の土の匂い、民の息遣いを取り戻そうとする、統治者としての「土着の覚悟」が宿り始めていた。
「サフィア。この島は、ただ空を飛ぶだけではないのだろう? 地上の民を支配するための、恐ろしい仕掛けがあるはずだ」
サフィアは、磁石を王の足元に落とした。
「反抗する都市を押し潰す、巨大な『アダマントの底』。……知性が暴力に変わる時、空飛ぶ島は慈悲なき『死の蓋』と化しますわ」
夜の帳が、天から降ってくる巨大な影のように、静かに、そして重く降りてきた。




