表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/100

第六十四夜 ―― 磁石の鼓動と、傾いた頭部 ――

第六十四夜 ―― 磁石の鼓動と、傾いた頭部 ――


 王宮の塔の頂上。遮るもののない夜空には、星々が零れ落ちんばかりに輝いている。

 ザルカ王は、天球儀を指で回し、ふと空中に手を伸ばした。

「……サフィア。ワラカはまたも難破し、今度は海賊に襲われて無人島に置き去りにされたというのか。だが、見上げれば太陽を遮る『巨大な影』が降りてくる……。それは雲か、それとも巨大な鳥の群れか」

 サフィアは、地面に落ちた「磁石」を拾い上げ、第六十四夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第六十四夜 ――「飛翔する島ラピュタと、思索の叩き役」

 絶望の淵にいたワラカの頭上に現れたのは、直径4.5マイル(約7.2キロメートル)に及ぶ、巨大な「飛ぶ島」でした。底面は滑らかなアダマント(金剛石)で覆われ、磁力の力で自在に空を浮沈する、科学の粋を集めた城塞――ラタトゥイユです。

 島から降ろされた椅子に座り、天へと引き上げられたワラカは、そこに住む「賢者」たちの異様な姿に息を呑みました。

 彼らの首はみな右か左に傾き、片方の目は内側を、もう片方の目は天を睨んでいました。彼らは常に数学や音楽の深淵な思索に耽っているため、隣に誰がいるのかさえ気づきません。

 そのため、貴族たちの傍らには「叩きフラッパー」と呼ばれる使用人がつき、主人の口や耳を小さな袋で叩いて、現世に意識を呼び戻さねばなりませんでした。

『……これほど高度な文明を持ちながら、彼らは自分の鼻先にさえ注意を払えぬのか』

 中性的な知性を持つワラカは、彼らの食事を見てさらに驚きました。肉は正三角形に切り分けられ、パンは円錐形、野菜は琴や笛の形に整えられていたのです。

 彼らにとって、栄養や味よりも「幾何学的な正しさ」こそが重要でした。しかし、その服は寸足らずで、家々は歪んでいました。計算は完璧でも、それを現実に写し取る「手」が、彼らには欠けていたのです。

 サフィアは語り終え、王の豪華な外套の刺繍をなぞった。

「王様。ラタトゥイユの人々は、天上の真理を追い求めるあまり、足元の泥濘ぬかるみに気づきません。……高潔な理想を語る口が、飢えた民の嘆きを聞き取れぬのであれば、その知恵は空に浮かぶ石と同じ、ただの重荷に過ぎませんのよ」

 ザルカは、天球儀を止め、自らの足でしっかりと床を踏みしめた。

「……叩き役、か。サフィア、余の周りにも、耳に心地よい追従ばかりを述べ、余を現実から遠ざける『叩き役』が溢れている。……ワラカ。彼はこの空に浮かぶ奇妙な学園で、何を学ぶというのだ」

 王の瞳には、星への憧憬ではなく、自らの領土の土の匂い、民の息遣いを取り戻そうとする、統治者としての「土着の覚悟」が宿り始めていた。

「サフィア。この島は、ただ空を飛ぶだけではないのだろう? 地上の民を支配するための、恐ろしい仕掛けがあるはずだ」

 サフィアは、磁石を王の足元に落とした。

「反抗する都市を押し潰す、巨大な『アダマントの底』。……知性が暴力に変わる時、空飛ぶ島は慈悲なき『死の蓋』と化しますわ」

 夜の帳が、天から降ってくる巨大な影のように、静かに、そして重く降りてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ