第五十二夜 ―― 悪魔の翼と、天上の賞賛 ――
第五十二夜 ―― 悪魔の翼と、天上の賞賛 ――
都の夜空には、渡り鳥たちが列をなし、月の光を浴びて銀色に輝いている。
ザルカ王は、その羽撃きを見上げ、自らの両腕を広げてみせた。
「……サフィア。スィルハールは富を得て、妻を得て、ついに『空』まで飛ぶというのか。人はどこまで望めば気が済むのだ。地に足をつけて生きるだけでは、彼の魂は満たされぬのか」
サフィアは、鳥の羽を一枚、風に逃がしながら、第五十二夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第五十二夜 ――「飛翔する男たちと、大蛇の顎」
スィルハールが住むその島には、身の毛もよだつ秘密がありました。
毎年春になると、街の男たちの背中に巨大な「翼」が生え、彼らは一斉に天高く飛び立ち、数日間、街には女子供しか残らなくなるのです。
冒険の血が騒いだスィルハールは、一人の男に頼み込みました。
『……お願いだ、私を連れて行ってくれ! あの雲の向こうに何があるのか、この目で見たいのだ!』
男の胴にしがみつき、スィルハールは天の極みへと昇っていきました。
眼下には豆粒のような世界が広がり、耳元には天使たちの歌声さえ聞こえるようでした。そのあまりの神々しさに、彼は思わず、禁じられていた言葉を叫んでしまいました。
『……おお、神よ! この素晴らしき世界を創りたもうた主を賞賛せん!』
その瞬間、連れていた男は火を吹くような怒りの声を上げ、急降下してスィルハールを切り立った山の頂へと放り捨てたのです。彼らは神の名を忌み嫌う「悪魔の兄弟」だったのでした。
絶望の中、スィルハールが山を彷徨っていると、二人の美しい子供が現れました。彼らは何も語らず、眩い光を放つ「金の杖」を彼に手渡し、一つの方向を指し示しました。
その先では、先ほど自分を捨てた男が、巨大な大蛇に頭から飲み込まれようとしていたのです。スィルハールは恐怖を捨て、授かった金の杖で大蛇を打ち据え、男を救い出しました。
男は恩義を感じ、二度と神の名を口にせぬことを条件に、スィルハールを再び背に乗せ、街へと送り届けてくれたのです。
サフィアは語り終え、足元の砂を杖で叩くように示した。
「王様。スィルハールを救ったのは、空を飛ぶ魔力ではなく、地に落ちた時に授かった『金の杖』と、敵をも救う『慈悲』でした。……天に昇るよりも、地で誰かを助けることの方が、帰るべき場所を教えてくれるのですわ」
ザルカは、夜空から視線を落とし、自分の足元を確かめるように踏みしめた。
「……神への賞賛が、墜落を招くか。サフィア、余もまた、高みへ昇りすぎて民の声を忘れてはならぬな。そして、金の杖――それは余にとっての『良心』ということか」
王の瞳には、全能感への陶酔ではなく、地にある者としての「謙虚な強さ」が宿っていた。
「さて、サフィア。ついにスィルハールの長い旅も終わりを迎えるのだな。……彼は、あの悪魔の街を離れ、懐かしい都へ戻ることができるのか?」
サフィアは微笑み、ランプの火をそっと消した。
「スィルハールの二十七年に及ぶ航海、ついに完結。……不信の町を脱出し、愛する妻と共に都へ帰還する時。彼は、自らの物語を誰に語るのでしょうか」
夜明けの光が、二十七年の月日を祝福するように、水平線を白く染め始めていた。




