第四十九夜 ―― 黄金の死地と、闇に消える筏 ――
第四十九夜 ―― 黄金の死地と、闇に消える筏 ――
王宮の宝物庫は、略奪した財宝で溢れかえり、その輝きは夜の闇を塗り潰さんばかりだ。
ザルカ王は、山と積まれた金貨の上に座り、手にした「ルビーの林檎」を無造作に放り投げた。
「……サフィア。五度の航海を経て、スィルハールはもはや王にも比肩する富を得た。だが、今度は何だ? 宝石が川底に沈む島だと? そんな夢のような場所で、なぜ死を待つ必要がある」
サフィアは、宝石の山を避け、ただの「干からびたデーツ」を一粒差し出しながら、第四十九夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第四十九夜 ――「第六の航海と、輝ける墓標」
六度目の航海。スィルハールの乗った船は、磁石のように船を引き寄せる恐ろしい山の麓で難破してしまいました。
波に押し流され、辿り着いた海岸には、信じられぬ光景が広がっていました。川底には巨大な宝石が転がり、砂浜は沈香や龍涎香の芳香で満ちていたのです。
しかし、そこは「出口なき黄金の牢獄」でした。
峻険な山々に囲まれ、船を出すことも、山を越えることもできません。さらに恐ろしいことに、そこには食料となる動植物が一切存在しなかったのです。
仲間たちは、足元のダイヤモンドを拾い集めながら、一人、また一人と餓死していきました。彼らは自ら墓を掘り、宝石を抱いたまま、動かぬ屍へと変わっていったのです。
最後の一人となったスィルハールは、残されたわずかな食料を極限まで節制し、ある決断を下しました。
『……宝石を抱いて死ぬより、闇の中で溺れ死ぬ方がマシだ!』
彼は島に転がっていた香木を縛り合わせて筏を組み、島を貫いて洞窟の奥へと流れ込む「暗黒の川」へと身を投じたのです。
光一つない地下の奔流。岩壁に頭を打ち付け、濁流に揉まれながら、スィルハールは意識を失いました。
彼が再び目を開けた時、そこには眩い太陽の光と、自分を覗き込む「異国の民」の顔があったのです。
サフィアは語り終え、王の足元に転がる金貨を指差した。
「王様。スィルハールを救ったのは、宝石ではなく、宝石を『ただの重石』として捨てる覚悟でした。……食えぬ黄金に固執する者は、自ら掘った墓穴で輝く骨になるしかございませんのよ」
ザルカは、掌の金貨を握りつぶすように力を込めた。
「……食えぬ黄金、か。サフィア、余の国が豊かになればなるほど、民の腹が空いていることに気づかぬ王になれというのか。……暗闇の川へ飛び込む勇気。それは、今の余に最も欠けているものかもしれん」
王の瞳には、財宝への執着ではなく、暗闇を抜けて「真の光」を掴もうとする、新しい王の覚悟が宿っていた。
「サフィア。地下を抜けたスィルハールは、どこへ辿り着いたのだ? 彼は、再びあの教王の元へ帰れるのか」
サフィアは微笑み、再び都の方向を指し示した。
「救われた島での王との出会い。……そこでスィルハールは、自国の教王への『親書』を託され、最大級の誉れと共に、六度目の帰還を果たすことになりますわ」
夜の帳が、洞窟の出口から漏れる光のように、白く明け始めていた。




