第四十八夜 ―― 解かれた首筋と、真珠の雨 ――
第四十八夜 ―― 解かれた首筋と、真珠の雨 ――
波止場の夜気は、スィルハールを苦しめた老人の吐息を振り払うように、清々しく吹き抜けている。
ザルカ王は、自身の首筋をさすり、そこにあったはずの「目に見えぬ足」が消えたことに、深い安堵の溜息をついた。
「……サフィア。老人を振り落とし、その呪縛を終わらせたスィルハール。だが、地獄のような島からどうやって脱出するのだ。まさか、また一人で海に飛び込むわけではあるまい」
サフィアは、波打ち際で拾った「輝く真珠」を王の掌に転がし、第四十八夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第四十八夜 ――「救いの白帆と、老人の正体」
老人の亡骸を後にし、スィルハールが海岸で途方に暮れていると、水平線に一隻の商船が現れました。
彼は狂ったように手を振り、ついに船に救助されました。船員たちは、スィルハールが「あの島」から生きて戻ったことに、驚愕を隠せませんでした。
『……信じられん! お前はあの「海の老人」から逃げ出したのか! 奴に肩に乗られた者で、これまで一人として生きて戻った者はいない。皆、首を絞められ、乗り潰されて死ぬ運命だったのだ』
船員たちは、スィルハールの知恵と勇気に敬意を表し、彼を自分たちの商売の仲間に加えました。
寄港した先々で、スィルハールはこれまでの冒険で培った「物を見極める目」を存分に発揮しました。彼は現地の民が価値を知らずに捨てていた貴重な香木を集め、またある島では、猿に石を投げさせて高い木の上にある椰子の実を落とさせ、それを交易の品としました。
やがて船が都へ着く頃、スィルハールの手元には、失ったはずの財産の何十倍、何百倍にも膨れ上がった巨万の富が残されていました。
彼は都の貧しい人々に施しを与え、王にも進物を捧げ、五度目の航海を「これまでで最も豊かな勝利」として締めくくったのです。
サフィアは語り終え、王の掌にある真珠をそっと包み込んだ。
「王様。スィルハールがこれほどの富を得られたのは、老人に乗られていた間の『耐える時間』があったからですわ。……重荷を背負った経験があるからこそ、解放された時の足取りは誰よりも軽くなり、誰よりも遠くへ行けるのです」
ザルカは、真珠の硬い感触を確かめた。
「……重荷が、足を速めるか。サフィア、余もまた、王冠という名の重い老人を背負っているのかもしれん。だが、それを乗りこなす知恵さえあれば、余の国はどの国よりも豊かになれる、ということだな」
王の瞳には、かつての焦燥ではなく、自らの宿命を受け入れ、それを力に変える「大いなる度量」が宿っていた。
「さて、サフィア。五度の航海を経て、スィルハールはもう十分すぎるほどの富を得た。……だが、彼の魂は、まだ『六度目』の嵐を求めているのか?」
サフィアは微笑み、再び闇の深い「洞窟」の方向へと指を差した。
「次なる『第六の航海』。……そこには、宝石と香木があふれる黄金の島と、そこから脱出するための、光なき『地下の川』が待っておりますわ」
夜の帳が、宝石の粉を撒いたように、美しく輝き始めた。




