表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/100

第四十五夜 ―― 忘却の食卓と、革の座(くら) ――

第四十五夜 ―― 忘却の食卓と、革のくら ――


交易都市の広場には、着飾った異国の使節たちが集い、色とりどりの「鞍」を乗せた駿馬たちが列をなしている。

 ザルカ王は、自らの愛馬の鞍を愛おしげになぞり、その革の匂いを嗅いだ。

「……サフィア。三度の地獄を越えたスィルハールが、今度は『知性』そのものを奪われるというのか。肉体を食われるよりも、人間であることを忘れる方が、余には恐ろしく思えるな」

 サフィアは、馬のいななきに似た風の音を聞きながら、第四十五夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第四十五夜 ――「食人種の島と、鞍なき王国の奇跡」

 四度目の航海に出たスィルハールの船は、またもや嵐に遭い、見知らぬ島に打ち上げられました。そこには、一見すると親切そうな「食人種」の村がありました。

 彼らは遭難したスィルハールたちに、見たこともない豊かな食物を差し出しました。仲間たちは空腹に負け、貪り食いましたが、彼らは食べるうちに目が虚ろになり、言葉を忘れ、ただ家畜のように太るだけの「知なき獣」へと成り果ててしまったのです。

 スィルハールだけは、その不気味な食物に一切手をつけず、野草を食べて飢えを凌ぎました。

『……魂を売ってまで肥え太りたくはない。私は、人間として死ぬのだ!』

 彼は骨と皮ばかりになりながらも、食人種の隙を突いて逃げ出し、島の反対側にある栄えた港町へと辿り着きました。

 そこは驚くほど豊かな国でしたが、一つだけ奇妙なことがありました。

 人々は立派な馬を飼っているのに、皆、裸馬に直接またがっていたのです。彼らは「鞍」や「あぶみ」というものを知りませんでした。

 スィルハールは、得意の革細工と金銀の装飾を駆使し、王のために最高級の「鞍」を作り上げました。

 初めて鞍に座った王は、そのあまりの乗り心地の良さと、落馬の心配がない安定感に、雷に打たれたような衝撃を受けました。

『……スィルハールよ! お前は我が国に、天の知恵をもたらしたのだ!』

 スィルハールは一躍、国の英雄となりました。彼は富と名声、そして美しい邸宅を与えられ、王の強い勧めで、現地の貴婦人と結ばれることになったのです。

 サフィアは語り終え、王の馬の鞍にそっと手を添えた。

「王様。スィルハールを救ったのは、剣でも魔法でもありません。彼が故郷で当たり前だと思っていた『鞍』という知恵でした。……自分が当たり前だと思っていることが、他所よそでは『奇跡』に変わることもあるのですわ」

 ザルカは、鞍の鐙を強く踏みしめた。

「……当たり前の知恵、か。サフィア、余の国にある古い慣習や道具も、見方を変えれば、隣国を平伏させる『奇跡』になるのかもしれんな。だがサフィア。この平和な暮らしの先に、あの忌まわしい『生き埋めの法』が再び現れるというのか?」

 サフィアは悲しげに瞳を伏せ、遠くの墓所を指差した。

「第四十六夜。幸せの絶頂で、最愛の妻が病に倒れます。……そしてスィルハールは、かつて脱け出したはずの『死者の井戸』へと、再び投げ込まれることになるのですわ」

 夜の風が、墓所の扉を叩くような音を立てて吹き抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ