第四十三夜 ―― 猿が島の咆哮と、丸焼きの宴 ――
交易都市の喧騒から離れた、静かな入江。
ザルカ王は、焚き火で炙った肉の脂が跳ねる音を聞きながら、自らの太い腕を見つめた。
「……サフィア。二度の航海で、スィルハールは富だけでなく、運命を味方につける術を学んだはずだ。だが、次の敵は宝石を分け合うことも、言葉を交わすこともできぬ『獣』だというのか」
サフィアは、火に翳した手のひらで影絵を作り語り始めた。
◆ サフィアの語り 第四十三夜 ――「第三の航海と、巨眼の大猿」
三度目の航海に出たスィルハールの船は、不運にも激しい嵐に翻弄され、見知らぬ島の岸辺へと打ち寄せられました。
そこは「猿が島」。船が接岸するやいなや、木々の中から数千、数万という小猿の群れが飛び出してきたのです。彼らは言葉を持たず、ただ狂気じみた力で船の帆を切り裂き、舵を打ち壊し、乗客たちを島へと引きずり下ろしました。
逃げ場を失ったスィルハールたちが島の奥へと進むと、そこには黒い大理石で築かれた、天を突くような巨大な御殿がそびえ立っていました。
夜、彼らが疲れ果てて御殿で休んでいると、地響きと共に扉が開き、一匹の「恐ろしい大猿」が現れたのです。
その大猿は巨人の如く大きく、頭には燃えるような一つ目があり、口からは猪のような牙が突き出していました。大猿は怯える人間たちの中から、最も肉付きのいい料理人をひったかかると、生きたまま串に刺し、暖炉の火で丸焼きにして貪り食ったのです。
『……次は誰だ。明日は誰が、あの火にかけられるのだ』
毎夜、一人、また一人と仲間が食われていく地獄。
スィルハールは、絶望に震える生き残りたちに、低く、鋭い声で命じました。
『泣いている暇はない。奴が食い飽きて眠る隙を突くのだ。……鉄の串を赤く熱せ。あの「一つ目」こそが、奴の唯一の弱点だ!』
彼らは筏を組み上げると、大猿が深い眠りに落ちた瞬間、熱した串をその巨大な目に突き立てました。
大猿は絶叫し、のた打ち回りましたが、さらに恐ろしいことに、彼は同じほど巨大な牝猿を連れて戻ってきたのです。スィルハールら三人のほか、すべての仲間が岩を投げつけられて命を落としました。
サフィアは語り終え、燃え盛る薪を一本、地面に突き立てた。
「王様。知性を持たぬ強大な力に対し、人間ができるのは『急所を突く一点の勇気』だけです。……逃げ道を作るために、自らを火に投じる覚悟が必要な時もございますわ」
ザルカは、赤く焼けた薪の先をじっと見つめた。
「……丸焼きの宴か。サフィア、余の周りにも、民の血肉を啜って肥え太る大猿のような輩がうようよしている。言葉が通じぬのなら、余もまた、容赦なくその目を焼く串を用意せねばならぬな」
王の瞳には、かつての加虐的な喜びではなく、外敵を排除するための「冷徹な王の裁き」の光が宿っていた。
「サフィア。三人の生存者となったスィルハール。だが、大猿の島を逃れた先には、さらなる飢えた顎が待っているのではないか?」
サフィアは微笑み、再び闇の深い森の方へと目を向けた。
「筏でたどり着いた島に潜む、音もなき暗殺者――『大蛇』の脅威。……スィルハールは、板切れ一枚でその魔手から身を守り、かつての『自分』を回収することになりますわ」
夜の風が、猿の叫び声を運んできたかのように、不気味に唸った。




