第四十夜 ―― 帰還する亡霊と、王への拝謁 ――
第四十夜 ―― 帰還する亡霊と、王への拝謁 ――
港町に満ちる潮騒が、遠い故郷の言葉を運んでくる。
ザルカ王は、アブダビ王から贈られた上質な絹の外套を羽織り、入港する巨大な商船を検分していた。
「……サフィア。漂流者の身から、一国の港を預かる長にまで上り詰めたスィルハール。だが、彼はいつまで『偽りの名前』で生き続けるつもりなのだ。この地で王に重用されるほど、故郷の影が薄れていくのではないか」
サフィアは、船の帆が風を孕む音に耳を澄ませ、第四十夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第四十夜 ――「亡者の財宝と、アブダビ王との別れ」
アブダビ王に重用され、港湾隊長として何不自由ない暮らしを送っていたスィルハールでしたが、その瞳は常に水平線の彼方、愛する都を追い求めていました。
そんなある日のことです。港に一隻の巨大な商船が接岸しました。
スィルハールは職務として、船長に積荷の目録を尋ねました。
『……ここにある荷の一部は、ある不幸な商人のものです。彼は第一の航海で鯨の背中に取り残され、死んでしまいました。私たちはその遺産を、彼の遺族に届けるために都へ帰るところなのです』
その名を聞いて、スィルハールの心臓は跳ね上がりました。
『船長、その商人の名は……スィルハールではないか?』
船長は驚き、彼をまじまじと見つめました。
『なぜそれを? ……よもや、貴公は! 死んだはずの、あのスィルハールなのか!』
互いに涙を流して再会を喜び、かつて鯨に振り落とされた時に失ったはずの財産は、一分の狂いもなく彼の手に戻されました。
スィルハールはこの機を逃さず、アブダビ王にこれまでの恩義を深く謝し、いとまを乞いました。
『王よ。私はこの幸運を、故郷の地で分かち合わねばなりません』
アブダビ王は惜しみながらも、彼の誠実さとこれまでの功績を称え、さらに多くの財宝を餞別として贈りました。
スィルハールは、港湾隊長として築いた富と、戻ってきた自身の財産、そして王からの贈り物を船に積み込み、意気揚々と都へと錦を飾ったのです。
これが、スィルハールの「第一の航海」の物語にございます。
サフィアは語り終え、王の外套の襟を優しく整えた。
「王様。スィルハールが財産を取り戻せたのは、彼がアブダビ王の元で、自分の名前を汚さずに働いていたからです。……過去の自分を救うのは、常に『今』の自分の振る舞いなのですわ」
ザルカは、水平線の向こうに見える自分の国を想った。
「……過去の自分を、今の自分が救うか。サフィア、余もこの旅を終えて都へ戻る時、あのアブダビ王のような慈悲深き王として、民に迎えられるだろうか」
王の横顔には、かつての冷酷な覇気ではなく、旅を経て磨かれた「統治者の誇り」が宿っていた。
「さて、サフィア。スィルハールは一度の成功で満足する男ではあるまい。……彼は、再びあの恐ろしい海へと向かうのか?」
サフィアは微笑み、ランプの芯を大きくした。
「第四十一夜。都での平穏な暮らしも、彼の魂を鎮めることはできませんでした。……次なるは『第二の航海』。巨鳥ロックと、ダイヤモンドが実る恐怖の谷が待っておりますわ」
夜の海が、次なる冒険を誘うように、青白く光っていた。




