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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第三十七夜 ―― 葬られた生者と、墓所の獣道 ――

第三十七夜 ―― 葬られた生者と、墓所の獣道 ――


東方の都市を離れ、一行は潮騒が響く港町へと辿り着いた。

 ザルカ王は、岩場に打ち寄せる激しい波を見つめながら、肩の傷をさすった。

「……サフィア。海は、すべてを飲み込み、すべてを押し流す。この街の者たちは、その気まぐれな怪物と共に生きているのだな」

 サフィアは、海水の塩分を含んだ重い夜風に髪をなびかせ、第三十七夜を語り始めた。

◆ サフィアの語り 第三十七夜 ――「生き埋めの悪習と、死の井戸の底」

 むかし、あるところにスィルハールという名の若者が住んでおりました。

 彼は遠い国から流れ着き、その誠実さから土地の王に気に入られ、美しい妻をめとって幸せに暮らしていました。しかし、その地には、他国者が決して逃れられぬ恐ろしい「法」があったのです。

『伴侶が死んだ時、生き残った者もまた、共に生き埋めにされるべし』

 やがて、最愛の妻が病で息を引き取りました。

 スィルハールは嘆き悲しみましたが、情け容赦のない役人たちは、彼を捕らえました。わずかな水と七つのパンだけを持たされ、彼は妻の遺体と共に、深い、深い、巨大な井戸の底へと吊り降ろされたのです。

 そこは、見渡す限りの白骨と死臭に満ちた、現世の地獄でした。

 スィルハールは、暗闇の中で餓死を待つだけの運命を拒絶しました。

 彼は、新たに井戸へ投げ込まれてくる死者の連れ添いたちを、石で打ち据えて殺し、彼らが持ってきたわずかな食料を奪い取ることで、かろうじて命を繋いだのです。

『……私は死なぬ。こんな暗闇で、骨になってたまるものか!』

 ある日、骨の山を彷徨っていたスィルハールの耳に、微かな「獣の足音」が聞こえました。

 暗闇に光る野獣の目。それは、死肉を喰らうために外から忍び込んできたアナグマの姿でした。スィルハールはその獣の後を、必死の思いで這い進みました。

 狭く、汚れた岩の隙間を抜けた先……。

 そこには、波しぶきが舞う海岸へと続く、一条の光があったのです。

 スィルハールは、井戸の底に転がっていた死者たちの貴金属や宝石を可能な限りかき集め、その穴を抜け出しました。そして、通りかかった船に助けを求め、何食わぬ顔で都へと帰還を果たしたのです。

 サフィアは語り終え、足元に転がっていた乾いた貝殻を一つ、暗い海へと投げ入れた。

「王様。スィルハールは、死者の食料を奪い、死者の宝石を剥ぎ取りました。それは『正道』ではありません。ですが、彼は生き延び、再び太陽の下を歩く権利を掴み取ったのです」

 ザルカは、暗い波間に消えた貝殻を追うように目を凝らした。

「……生き埋めの底で、死者を喰らう。それが彼の『最初の一歩』だったというのか。サフィア、余は今まで、勝つための知恵ばかりを考えていた。だが、死なないための『醜い足掻き』こそが、真の強さなのかもしれんな」

 王の言葉には、かつてないほどの実感が籠もっていた。

 地獄から戻ったスィルハールは、その手に掴んだ「死者の富」を元手に、さらなる荒波へと漕ぎ出します。

 それは、伝説の「第一の航海」。

 巨大なクジラの背中が、彼の野心を試す舞台となるのです。

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