第三十四夜 ―― 暁の宮殿と、古びた真実の罠 ――
第三十四夜 ―― 暁の宮殿と、古びた真実の罠 ――
東方の都の夜明け。砂漠の地平線から太陽が昇ると同時に、昨日まで空き地だった場所に、目が眩むほどの光を放つ宮殿が姿を現した。
ザルカ王はその異様な光景を、宿の窓から黙って見つめていた。
「……サフィア。人の手によらぬ奇跡は、美しくもどこか寒気がするな。一晩で国を創り替えるほどの力、それは果たして祝福と言えるのだろうか」
サフィアは、露に濡れた「白百合の花」を花瓶に挿しながら、第三十四夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第三十四夜 ――「一晩の奇跡と、古いランプを売る声」
魔神の力により、アラディンは一夜にして、世界中のどんな王も見たことのない壮麗な宮殿を築き上げました。
壁には真珠が埋め込まれ、柱は純金。アラディンは最高の礼装を纏い、何千もの奴隷を従えて王宮へ向かい、ついに美しい姫君バドル・アル・バドゥールを妻として迎え入れたのです。
かつての貧しい少年は、今や誰もが跪く「奇跡の王子」となりました。
しかし、その繁栄の影に、復讐に燃えるあの魔術師が忍び寄っていました。
彼はアラディンが不在の隙を突き、ボロ布を纏った「ランプ売り」に変装して宮殿の周りを歩き回りました。
『さあ、古いランプを新しいランプに交換しますよ! 古いものを新しく、得をしたいお方はおらんか!』
宮殿の人々は笑いました。『古いランプを新品に替えてくれるなんて、なんて馬鹿な老人だ』と。
その声を聞いた姫君は、アラディンが大切に隠していた、あの煤だらけの古いランプのことを思い出しました。
『あんな汚いランプ、殿様には相応しくないわ。新しい綺麗なランプに替えて、驚かせてあげましょう』
姫君は、そのランプに世界の運命が宿っているとも知らず、笑顔で魔術師にそれを差し出したのです。
ランプを掴み取った魔術師の口角が、醜く吊り上がりました。
次の瞬間、宮殿は、姫君は、そして魔法で得たすべての栄光は、轟音と共に異国の空へと消え去り、後に残されたのは、かつてと同じ「ただの砂埃」だけだったのです。
サフィアは語り終え、花瓶の水をそっと入れ替えた。
「王様。姫君が手放したのは、ただの古い道具ではありません。アラディンの『魂の拠り所』でした。目に見える新しさに目を奪われ、古びた本質を捨てる時、国は一瞬で崩壊いたしますわ」
ザルカは、窓枠を強く握りしめた。
「……新しいランプと、古いランプの交換、か。耳に心地よい新しい法律や、輝かしい未来の約束……それらが、先代から続く『統治の重み』を奪い去る罠であったなら。余の国にも、その老魔術師のような『改革』の声が届いている」
王の瞳には、かつての鬼神編で負った傷とは別の、鋭い警戒の色が宿っていた。
「サフィア。すべてを失ったアラディンは、再びあの暗い地下へ戻るのか? それとも、己の足で姫を、そして失った魔法を取り戻しに行くのか」
サフィアは微笑み、王の肩にそっと手を置いた。
「魔法を奪われた少年は、今度は自らの『知恵』と『勇気』だけで、海を越え、大陸を渡ります。……真の王者は、すべてを失った時から創られるのですわ」
ザルカは、空っぽになった宮殿の跡地を睨みつけた。
魔法の終わりは、人間アラディンの、そして王ザルカの「真の戦い」の始まりであった。




