第三十三夜 ―― 禁じられた横顔と、黄金の進物 ――
第三十三夜 ―― 禁じられた横顔と、黄金の進物 ――
東方の都市の夜風は、どこか甘く、残酷な誘惑を孕んでいる。
ザルカ王は、宿のテラスから遠くに見える王宮の灯りを見つめていた。その手には、サフィアが市場で選んだ「最も純度の高い真珠」が一つ。
「……サフィア。銀の皿を手に入れた少年が、次に欲しがるのは『名誉』か、それとも『女』か。欲とは、一度火がつくと消えぬ油のようなものだな」
サフィアは、絹のベールをそっと整え、語り始めた。
◆ サフィアの語り 第三十三夜 ――「姫君の美しさと、空飛ぶ宝石」
銀の皿を売り、豊かな暮らしを手に入れたアラディンでしたが、ある日、運命の歯車が大きく回りました。
街に触れが出たのです。『今より姫君バドル・アル・バドゥールが浴場へ向かう。何人もその姿を見てはならぬ。見た者は死罪に処す』と。
好奇心に勝てなかったアラディンは、物陰に隠れ、通り過ぎる姫君の横顔を一目見てしまいました。
それは、夜空の月さえも恥じ入るほどの、この世のものとは思えぬ美しさでした。アラディンの胸には、魔法のランプさえ霞むほどの激しい「恋の炎」が灯ったのです。
『母さん、私は姫君と結婚したい。……笑わないでくれ。私には、ランプの魔神がついているんだ』
アラディンは魔神を呼び出し、命令しました。
次の瞬間、みすぼらしい家の床には、巨大な黄金の盆が四十枚も並び、そこには洞窟で実っていた「色とりどりの宝石の果実」が、山のように積み上げられていたのです。
アラディンの母は震えながら、その信じられぬ贈り物を携えて王宮へと向かいました。
王は、その輝きに言葉を失いました。
『……これほどの財宝を、一介の若者が差し出すというのか? この宝石は、我が王国の宝物庫をすべて合わせても及ばぬ価値がある』
富は、閉ざされていた王宮の門をこじ開けました。しかし、それは同時に、かつてアラディンを死に追いやろうとした「魔術師」の耳に、少年の生存と魔法の力の存在を知らせる「狼煙」となってしまったのです。
サフィアは語り終え、王の手の中にある真珠をそっと指でなぞった。
「王様。黄金は門を開けますが、同時に『敵』を呼び寄せます。アラディンは姫君の心を得る前に、世界中の欲望をその背に背負うことになったのですわ」
ザルカは、真珠を握りしめた。
「……財宝で買った結婚。それは、砂の上に建てられた城のようなものではないか、サフィア。風が吹けば、一瞬で崩れ去るだろう」
「さようでございますわ。ですが王様。その砂の城を『本物の国』に変えるのが、知恵ある少年の次なる戦いにございます」
ザルカは、物語の背後に忍び寄る「魔術師」の影を、現実の政敵たちの姿に重ねていた。
一夜にして築かれる「宝石の宮殿」。
それは奇跡か、それとも破滅の始まりか。
ザルカの瞳に、夜明け前の鋭い光が宿った。




