我儘
「そもそも私が思うに、君が君のような人間でなければ、黒賢カラデシュ・アーテリーと、白賢エストラル・ムリヤは君に力を貸さないだろう」
そう語ったのは、エフテニーリャ先生だ。
その中で、クロさんとシロさんの本当の名前が出て来た。エストラル……の方は聞き覚えがないけど、カラデシュ・アーテリーの方は聞き覚えがある。
「カラデシュ……どっかで聞いた事があるな」
メグルもそう呟いている。その名前は、かつてメグルが私のために家から持って来た、本の作者の名前だ。私がそう教えてあげると、メグルはああそうかと思い出した。
でもそうなると次に浮かぶ疑問がある。どうしてそんな凄い人の本が、メグルの家に会ったの?しかもその家は、私の村に隠されるように建っていた。
「シェスティア君の村があった場所は、かつてカラデシュとエストラルが住んでいた場所だ。二人の家は未だにあの地にあり、主人の帰りを待っている。どうやらカルマは、残された書物から人を支配する魔法を完成させたようだねー。本来は、誰にも見せたらいけない技術のはずだけど……」
「管理する側の人間が、ずさんだった結果だろう。それにより、今回の事件はおきてしまった。これからはその家を、徹底的に管理する必要がある」
「再発防止のためには、そうすべきだろうねー。いや、元からそうしているはずだったんだ。でも時の流れが綻びを生んでしまった。できれば、家の主が帰ってくるまでちゃんととっておきたかったんだけど……」
「──全てを無に帰して構わない。これまで、長い間留守を守ってくれてありがとう。てクロさん……カラデシュさんが言っています」
私は頭の中で聞こえてきた声を口に出し、その言葉を代弁した。
「……そうだねー。家の主がそう言うんじゃ、仕方がない。カラデシュの残した危険な書物たちは、私が責任をもって処分しておくよ。家ごとね」
「それにしてもあの家が、黒賢の家だったとはな……一体いつからあったんだよ、あの家」
「さぁねぇ。もう長すぎて、分からないよ」
先生は、本当に分からないと言った様子で天井を見上げ、深くため息を吐いた。
その表情は、今までよりも柔らかい。どこかスッキリしていて、嬉しそうだ。
そういえば、カラデシュさんが先生の事を、寂しがり屋とか評していたっけ。そんな事あるのかなと疑っていたけど、今の先生の様子を見ると、やっぱりそうなのかもしれない。カラデシュさんと、エストラルさん。2人の帰還を、静かに喜んでいるようだ。
でも本当は、ちゃんとした形で会せてあげられればいいんだけど……。
「しかし何故、シェスティアに黒賢と白賢の魂がやどった。二人は今まで、どこにいたのだ?」
「はっ。全てはくだらない喧嘩が原因だよー。二人は意見の違いから、喧嘩を始めたんだ。世界を恐怖と破滅に陥れた二人の喧嘩を、誰にも止める事ができなかった。山は吹き飛び、野は荒れ地と化し、森に木がなくなった。そんな傷跡を残し、気づけば二人はこの世界からいなくなっていた。だが残した傷跡はあまりにも大きい。二人の喧嘩に、世界は本当に恐怖したんだ。その恐怖心から、八大賢は政治や戦争に関わらない。子を残してはいけないというルールが作られてしまった。私達八大賢当人としても、当時の人々の恐怖心を和らげるためにそのルールを受け入れた、という訳さ」
「ははは!そんな裏話があったのか!初めて聞いたぞ、そんな話!」
「笑い事じゃないよー。おかげでどれだけ、残された私達が苦労した事か……それに、そのルールのせいで苦しんでいる子がここにいる」
笑い飛ばすエリシュさんに抗議するように、先生が頭を抱えて訴えた。先生の言う、苦しんでいる子というのはメグルの事だ。
確かに、そのルールのせいでメグルは閉じ込められ、自由を侵害されて生きて来た。全部が全部でそのルールのせいという訳じゃないけど、影響は大きい。
「それで、再び質問なんだけど、君は白と黒。どちらの意見に賛成なんだい?」
先生の質問の意味は、こうだ。カラデシュさんの、全ての人間が魔法を使えるようになれば良いという意見と、エストラルさんの、この世界から魔法を使える人間をなくせばいいという意見。
どちらも魔術師とそうでない人の差別をなくそうという案だけど、今の段階でどちらが良いとかそういうのは判断する事はできない。
「それは、この先メグルやシグレと一緒に生きて、世界を見て考えたいと思います」
「うん。それがいいねー。君はもっと、この世界を学ぶべきだ」
「ああ、そうだな。私もシェスティアには、この広い世界を見て学んでもらいたいと思っている。初めて会ったその日から、な」
エリシュさんの教育方針は、とにかく私の見聞を広める事だ。色んな事を教えてくれて、色々な事をさせてくれる。初めて会った時から、自分でもそう言っていた。
「……よく分かんねぇけど、オレも一緒にいていいのか?」
「当然。メグルはずーっと、私の傍にいてもらうから。拒否権はないよ」
「……」
私の想いを聞き、でもメグルは複雑そうな表情を浮かべた。遠慮がちにエリシュさんと先生の方を見て、どうやら彼女達の許可を待っているようだ。
「君は私の娘とする。シェスティアの望み通り、共に生きて行きたまえ」
「っ!」
私はエリシュさんのその言葉を聞いて、喜んだ。シグレの時もそうだけど、この人女の子を家族として迎えるのに躊躇がない。だから、期待はしていた。でもいざそうすると言ってくれて、本当に嬉しい。コレで私とメグルは本当の家族となり、本当に共に生きていける事になる訳だ。
「おいおい、エリシュ。分かってる?この子、ランドグリースの娘だよ?しかも君の娘には既に、八大賢以上の力を持っている者がいる。そこにランドグリースの娘を加えようとか、欲張りが過ぎるよ」
「私は肩書に興味がある訳ではない。そうする事で、女の子が笑ってくれるのだ。だったら、そうするしかないだろう」
「エリシュしゃま、カッコイイでしゅー」
「ふ。褒めるな」
いや、この件に関しては本当にカッコイイ。酔っ払ったルナさんの言う通り。そして私も思わずキスしたくなってしまう。エリシュさん、本当に好き。私はこの人の娘……いや、孫?で良かったと思える。
「……本気で言ってんのか?」
「と言うと?」
「オレは、生まれて来たらいけない人間なんだよ。その存在が明るみになれば、世界の秩序を乱す。もしオレの正体がバレたりなんかしてみろ。あんたにすげぇ迷惑がかかる事になるぞ。そんな荷物を、あんたがしょいこむ必要はない」
「それは、ランドグリースの娘だから問題なのだろう?ならば私の娘になれば良い。解決だ」
「いや、そんな単純な問題じゃねぇだろ……」
「面倒だな、君は。昔のシェスティアとそっくりだ。子供なのに、我儘を言う事を知らない。自分の気持ちに素直になれよ。あとはもう、全て君次第だ」
「……本当に、オレなんかを受け入れてくれるのかよ?」
「この屋敷にいる者は、誰もが問題を抱えている。この子も、そうだ」
エリシュさんは絡みついているルナさんを指して、そう言った。
ルナさんの出自に関しては、知らない。他のメイドさん達に関しても。でも皆がエリシュさんを尊敬し、慕っているのは確かだ。
その尊敬の念は、もしかしたら彼女に救われた事からきているのかもしれない。私と同じようにね。
「私にとって迷える女の子を受け入れる事は、己に科した人生の宿命と言って良い」
「そんな事をして、あんたに何の得がある?」
「女の子に囲まれる人生……最高じゃないか」
この人は、本気で言っている。それでこそエリシュさんといった回答に、私は笑った。
「……なんか、若干不安がある回答だな」
「私もそう思う。でもそれがエリシュさんなんだよ」
「……分かった。それじゃあ……我儘を言うぞ」
「言ってみろ」
「オレも、シェスティアやシグレと同じように、あんたの娘にしてくれ」
「ああ、受け入れるよ」
この瞬間、メグルはエリシュさんの娘となった。エリシュさんの法則で行けば、コレでもうメグルは炎賢の娘じゃない。だから、メグルが生きている事で自分を責める必要は、もうない。
「それともう一つ。殴りたい奴がいるから、協力してくれ」
「ほう。誰だい?可愛い娘のお願いだ。特別にきいてあげよう」
「炎賢ランドグリースだ。オレを、生まれてきたらダメな人間だと会うたびにぐちぐちと言って来たアイツを……親父を殴りたい」
「ぐっ……」
エリシュさんは、メグルのお願いを聞いて口ごもった。明らかに困っている。
そりゃそうだ。炎賢を殴るのに協力しろとかお願いされて、簡単にいいよと答えられる訳がない。
いやでも、エリシュさんって氷賢を殺すと意気込んでいるよね。そう考えれば、殴るなんて生易しく思えてくる。
「いいじゃないか、エリシュー。私は今回の件、彼にも原因があると思っている。それに、自分の子供にそんな事を吹き込むような男、殴られても仕方ないとは思わないか?」
「正直言って、私もその人殴りたい。メグルにそんな事を言うなんて……しかも、実の父親がっ。赦せないよ……」
「へへ。おう。一緒に殴ろうぜ」
「うん!」
「お姉さまが行くのなら、私もお供します」
いつの間にか、私の膝の上で寝ていたシグレが起きていた。
半分寝言に近い感じで言っているけど、そう言ってメグルのお父さんを殴ろう作戦に、参加を名乗り出てくれた。
「困った娘たちだ……」
「これから、苦労しそうだねー」
炎賢を殴ろうとする娘を前にして、エリシュさんは頭を抱える。でも嫌そうではない。むしろ嬉しそう。
こうして私達には、共通の目標が出来た。
これから先、どうなるかは分からないけどとりあえずは皆一緒にいる事になる。それは何よりも大切な事で、きっと楽しい日々となるはずだ。




