卒業の朝 その1
ある、晴れた日の事。周囲の景色はいつもと同じはずなのに、どこか違く見える。
その日は待ちわびた日であり、でも悲しい日でもある。学校に向かって歩く足は、重い。だけど軽やか。そんな気持ちに陥っているのは、私だけではないはずだ。
「──ついに、この日になってしまいましたね」
私の隣には、シグレがいる。
私と同じように学校に向かうシグレは、その一歩一歩を噛み締めるようにして進んで歩き、その姿は未来に向かって進んで行くように私の目には映る。
シグレの姿は、あの日……メグルを取り戻した日よりもだいぶ成長している。あの日はまだ、子供っぽかった。そんなシグレの背はあの日よりも伸び、あの日よりは大人っぽくなっている。でも、小柄といえば小柄だ。胸の成長も途中でとまってしまい、小柄な可愛いその姿は、子供が大人っぽさを装っているよう。でも私は、可愛いシグレが好きだよ。
背はそんな感じだけど、一番変わったのはその顔かな。昔は長い前髪で目を隠していたけど、今は大きくキレイな瞳を髪で隠さず、曝け出している。髪を切ったのではなく、髪留めで前髪を留めているから。その髪留めは、私がママにプレゼントした物を改造し、髪留めにした物だ。魅了の魔眼の力を抑えるおまじないが施されたその髪留めは、エリシュさんに頼んで作ってもらったんだ。
シグレの魔眼は大して強い力を持っていないし、その力を抑えるおまじないを施すのは割と簡単だった。それにより、シグレは目を隠す必要もなくなり、こうしてその目を堂々と晒している。
困ったことになったのは、目を隠すのをやめてからモテだした事だ。私の可愛い妹が、男の子に迫られる姿を見るのは解せない。でもお姉さまを愛しているという理由で、笑顔で断る姿をみるのは複雑な気持ちだった。
いや、悪い気分ではないんだけどね。
「うん。長かったねー」
今日、この日。私達は学校を卒業する。
シグレが身につけている赤いローブは、ゴールデウス魔術学園の卒業生が身に着ける事を許されたローブだ。このローブが学園の卒業の証となり、私達は活動の場を学校から世界へと移す事になる。
「本当に、色々な事がありました。お姉さまと、毎朝学校に向かって歩く。そんな些細な事が、今はとても感慨深く、こうしているだけで涙が出てしまいそうです」
「さすがに泣くのは早すぎだよ。それにこれからも、この道じゃなくて別の道を一緒に歩いていく事になる。だから、泣く必要はない。でしょ?」
「……はい!」
シグレは目からこぼれ出そうになった目を拭い、笑顔で返事をしてくれた。
「でも最後だと言うのに、メグルお姉さまはいつも通りでしたね……」
「まぁメグルだしね……」
メグルはあの日から、私やシグレと同じ家。同じ部屋で暮らし始めた訳だけど、同じ学校にも通い始め、その魔術の腕から私達と同じ学年という事で編入される運びとなった。
最初こそ緊張気味に学校に通っていたのに、慣れたら楽し気に毎日通学するようになり、私とシグレよりもだいぶ早く家を出てしまうようになってしまった。
そんなに早く家を出て何をしているかというと、朝練だ。魔法の腕をある人物と競いつつ、体力面でも切磋琢磨して互いに鍛え合っているらしい。
勿論毎日そうしているという訳ではない。たまには私とシグレに合わせて登校してくれて、そんな日は3人仲良く話しながら登校できる。でも、この道でメグルとシグレと私、3人で歩く事はもうなくなった。
そう考えると、寂しいなぁ。泣いちゃいそう。でもシグレに泣くなと言った手前、泣く事はできない。
「あ……お姉さま、お姉さま」
「ん。何?私泣いてないよ?」
「分かっています。前を見てください。ほら」
シグレに促されて前を見ると、壁に寄りかかって立っているメグルがいた。
その姿は、とても絵になる。スラリとした身体に、高くなった背。長くなった赤髪。その髪を後ろでリボンで纏め、ポニーテールにしている。その髪の結び方を教えたのはルナさんで、メグルはそうして長くなった髪が鬱陶しくならないようにしている。
「メグル」
「ん。おう、シティ。シグレ。おはよう!」
メグルの名を呼ぶと、メグルは私達の方へと駆け寄って来た。そして屈託のない笑顔を見せてくれる。
駆け寄って来たメグルの背は、とても高い。シグレは勿論の事、私も見下ろされる形となる。手足は長く、体形もいいときたもんだ。もうね、モデルだよこの子。顔もカッコイイし、着崩した制服姿もカッコイイ。
「おはようございます、メグルお姉さま」
「おはよう、メグル。先に学校に行ったんじゃないの?」
「行ったけど、戻って来た」
「なんで……」
「いや、一緒に行こうと思って」
それは、聞くまでもない質問だった。メグルは当然のように言い放ち、シグレと私を挟んで隣に立つ。
わざわざ学校まで行って、戻ってきてくれたんだ。
私は隣に立つ2人の妹の手を掴み取ると、手を繋いだ。2人とも、抵抗はしない。軽く私の手を握り返して、手を繋ぎ返してくれる。
そうして再び歩き出して少し経つと、今度は別の人物が待ち受けていた。
「おーい、シェスティア!シグレ!メグル!」
恥ずかしげもなく、道の向こうで私達に向かって手を振る人物。シグレのように小柄な女の子で、卒業の証の赤いローブの上から、黒いマントを羽織った上で大きな杖を手に持つその姿は、小さいのによく目立つ。
彼女もまた、成長した姿を見せている。背は少し伸び、胸もちょっとは大きくなっている。でもシグレよりも小さく、たぶん今日学校を卒業する子の中では一番背が低く、幼く見えるだろう。
「ラピス。大きい声を出しちゃダメですよ」
「いいから、お前も手を振るのだラミーヤ!」
「まったく……。おはようございます、皆さん。朝から騒がしくてすみません」
ラピスの隣にはラミーヤもいて、いつもの柔らかな笑顔で私達を出迎えてくれた。
こちらはもう、色々と大きくなっている。背は勿論だけど、問題は胸だ。昔も大きかったけど、それが更に巨大な丘となってそこにある。髪の長さは定期的に整えているのでさほど変わってはいないけど、溢れ出す色香と感じさせる気品は段違いに進化しており、彼女に惑わされた男子も多いはず。
いや、ホント、大きくなったよ。ラピスじゃなくて、ラミーヤの事ね。ラピスは正直、昔とあまり変わっていない。
私達は2人に挨拶を返し、合流した。
「ついに、この日が来てしまいましたね。思い返せば、色々な事がありました」
感慨深そうに言うラミーヤは、でもやっぱりちょっぴり寂しそう。
「うん。でも、楽しかったね!」
「はい!それもこれも、皆さんがいてくれたおかげです。本当に、ありがとうございました」
「こ、こちらこそ、です。ありがとうございました、ラミーヤさん」
ラミーヤとシグレは頭を下げ合い、互いにお礼の言葉を口にする。
相手を敬う気持ちが強い2人だからこその行動だけど、どこか他人行儀だ。
「何してんだよ、お前ら。友達同士なんだから、かたっ苦しいのはのはなしだ。いつも通り気楽にいこうぜ。な」
「メグルの言う通りである。我らは魂で繋がりし友。遠慮はなしだ!頭を上げて互いの目を見て話すのだ!」
そんな2人の行動を、メグルとラピスが口々に言って咎めた。咎めたと言うより、雰囲気を変えたと言った方が正しいかな。
2人に促されるとラミーヤとシグレは頭をあげ、照れくさそうに笑い合った。それで遠慮がちな雰囲気がなくなり、和やかな雰囲気となる。2人の作る、ほんわかとした空気。私は好きだよ。
「──シェスティアあああぁぁぁ!」
「わぁ!?」
突然空から私の名を呼ぶ声が聞こえて来て、その声の持ち主が私の前に着地した。メグルよりも短い赤髪を颯爽と翻し、現れたのはディシアだ。
ディシアもだいぶ風貌が変わっていて、背が伸びたのは勿論、胸が少し大きくなっている。一番変わったのは髪で、ショートカットになって男らしさが倍増。だけど整った顔や胸のおかげで女の子らしさは残っており、美しいお姫様に成長した。
「おはよう!」
「お、おはよう、ディシア」
ディシアは挨拶代わりと言わんばかりに私を胸に抱きしめ、熱い抱擁を繰り出して来た。
「その、シティに抱き着く癖はどうにかならねぇのか?」
「ならん。余はシェスティアを愛しているからな。本来なら唇を奪いたい所であるが、抱擁で我慢しているのだ。文句があるなら次からはキスにしようと思う。どうだ!?」
「ダメだよ」
期待するように、目を輝かせて尋ねて来るので私は即答で断った。
だって抱擁の代わりにキスとか、進化してるじゃん。それはもう、将来を誓い合った夫婦でやる事だよ。
「ならば抱擁だ!」
「まぁ抱き締められるくらいなら、全然いいよ」
「さすがはシェスティア!余が惚れた女だけの事はある!懐が深いなぁ。余の嫁にならんか?」
「ならん」
「残念だ!」
とまぁ、ディシアは相変わらずだ。美しくなっても、中身は当時からあまり変わっていない。相変わらず私の事を好きだと公言していて、こうしてベタベタとくっついてくる。
でもこの場にいる皆とも仲良くなる事ができて、その交友と見聞が広がった事により、彼女は変わった。特にメグルとは朝練仲間として親交を深めて成長している。体力的にも、内面的にもね。私ともだけど、メグルとの出会いも、彼女を良い方向に変えてくれたのだと思う。
そんな感じで、卒業式を前に学園生活で特に仲が良くなった皆が揃ってしまった。朝から揃う事は、あまりない。レアな出来事だ。
その事が、今日という日が特別な日だと物語っている。




