──草原にて その1
「──は?」
私は突然の出来事に、困惑せずにいられない。困惑して、そんなアホみたいな声が出た。
だって、突然目の前の風景が変わったんだよ。先ほどまでの、ボロボロで崩れかけの美術館みたいな光景ではない。今私の目の前には、草原が広がっている。
「はい?」
再び、首を傾げながら声を出した。
全く意味が分からない状況に、私はただただ困惑し続けるしかない。
「……」
そんな中で、人の気配を感じた。微かな音が聞こえて振り返ると、そこには白い机とイスがあった。日よけの傘がたてられ、そのイスで優雅にお茶を口にする人物がいる。
それは、白い女性だった。ロングヘアの髪は真っ白で、服も真っ白でまるで聖女のよう。顔は白のベールで覆われていて、その顔を見る事はできない。
「……ど、どちら様ですか?」
「……」
私は恐る恐る尋ねたけど、答えはなかった。黙って優雅にお茶の入ったコップを口に運び、黙って机の上に置く。そして、空いている2つのイスの片方を指さした。
どうやら、座れという事らしい。だったら、そう言って欲しいよ。でも私はおとなしくそのイスに腰かける。
「……」
イスに座ると、女性が新しいコップにお茶を注いでくれた。お茶は、紅茶だね。匂いから察するに、ダージリン。元居た世界ではよく飲んでいた紅茶である。
「い、いただきます」
飲むように促されたので、私はそれを口に運ぶ。
その味は、とても懐かしい物だった。元の世界ではしょっちゅう飲んでいたけど、こちらの世界に来てからはご無沙汰の、高級紅茶だよコレ。間違いない。クソガキだった頃は、毎日飲んでたからね。
どうして、こんな物がこの草原のど真ん中で出てくるの?そう問うても、きっとこの女性は無視するんだろうなぁ。そんな気がする。
「──うん。今日も美味しいね」
「んぅ!?げほっ、げっほ!」
私はむせて、激しく咳をした。だって、すんごい驚いたんだもん。
と言うのも、先ほどまで誰もいなかったはずの、もう一つのイスに人が座っていたからだ。しかも、お茶を飲んでいる。いつ淹れたの?
そこには、本当に誰もいなかったはずなんだよ。気配がなかったとか、そういうレベルじゃない。いなかったんだ。それなのに、気づいたら人が座っている。驚かないはずがない。
「だいじょぶかい?何をそんなに驚いているのかな?」
私は涙目になりながら、ようやく咳が収まってその人物を見る。
そこにいたのは、白い女性とは対照的の、黒い女性だった。黒髪のロングヘア。全身真っ黒の服。顔を覆う、黒のベール。白い女性が聖女様なら、こちらは堕落の女神様と言った所か。
「げほっ……貴女の声、知ってる」
その女性がどこから現れたかどうかなんて、そんなのは些細な問題だ。
それよりも、黒い女性の声に私は反応を示した。
「そうだよね。君とは何度か、魂の中で会話をしている」
「……あの声の、持ち主なんだね。それじゃあ、貴女も?」
「……」
尋ねると、白い女性は頷いた。
私がピンチになった時、声は私を助け、私がすべき事を教えてくれた。おかげでラミーヤも、メグルも取り戻す事ができたんだよ。そんな声の持ち主が、今私の目の前にいる。
私が頭の中で聞いた声は、2つ。黒い女性の声は、幼い男の子のようにも聞こえるような、少しクールな声である。
という事は、もう一方の大人の女性という感じの声は、白い女性の物か。イメージ通りと言えば、イメージ通りかな。
「えっと……いつも助けてくれて、ありがとう。さっきも、おかげでメグルを取り戻す事が出来たよ。本当に感謝してる」
私が素直にお礼を言うと、黒い女性が首を横に振った。白い女性は、マイペースにお茶を飲み続けている。
「私と彼女は、それ以上に君には感謝しているんだ。同時に、悪い事をしたとも思っている」
「……」
黒い女性に促されて、白い女性が頷く。
「えーっと……私、貴女達に何かしたの?いや、された?どっちも、まったく身に覚えがないんだけど。むしろ、助けられる事ばかりだったような……」
「してくれたよ。色々と、ね……。ああ、先に自己紹介をしておこう。私の事は……クロと呼んでくれ。そっちはシロだ」
なんて分かりやすい名前。でも絶対、偽名だよね。
「私は──」
「シェスティア。シティと呼ばせてもらおうか。私は君の事を、ニックネームで呼ぶ。それくらいの仲だ。そうだろう?」
「……好きによんでもらって、構わない。私は貴女達に、本当に感謝してるんだ」
「繰り返しになるが、私達はそれ以上に感謝している。なにせ、君のおかげで世界の狭間から出る事ができたのだからな」
「世界の、狭間?」
「そう。それは世界と世界との間にある、壁のような物だ。その壁によって世界同士は阻まれ、互いに干渉できないようになっている。私とシロは、訳あって数百年前にその狭間に閉じ込められてしまってね。それはそれは長い間、何もない世界の狭間を行くあてもなく彷徨い続ける事になってしまったのだ」
「数百年……でも私、何かした覚えが全くないんだけど……」
「君が無意識に私達を助けた事は、知っている。何せ、私達を狭間から引っ張り出したキッカケとなったのは、君の死だからね」
「わ、私の死……?て、ちょっと待って。私の死って、もしかして前の世界の時の事?」
「そうだよ。それ以外に、死んだ覚えがあるのか?」
ない。でも、その話を初めて触れられて、私は大いに動揺した。
今の世界に来てから、私の前世の話は誰にもした事がない。聞かれもしなかった。そりゃあ、誰も私が異世界から転生したとは思わないだろうから、そう言われる事もあり得ない。そう思っていた。
でも、クロさんは知っている。私が前世で死んでしまった事を。
「……わ、私の死が、どうして貴女達を助けた事に?」
とりあえず、私は動揺を隠しながらそう尋ねた。
別に、前世の事を知っているからと言って何かある訳ではない。ただちょっとだけ、動揺しただけだ。
何せ私は、前世の事に関しては黒歴史として、墓場まで持っていくつもりだったからね。自分の黒歴史を、知らない人が知ってたらどう思う?動揺するでしょう?でも動揺を悟られたらそれはすなわち、弱みとして受け止められてしまう。だからここは、平然と対応するのだ。
「君の死は恐らく、あの世界にとってイレギュラーな出来事だったんだ。本来死ぬはずのない人間が死んだ事により、世界にぽっかりと風穴が開いてしまった。それにより、その風穴の近くにいた私とシロが、狭間から出る事ができたといったところだ」
「私の死が、イレギュラー?」
「そうだよ。君は本来、あのような場所で死ぬはずの人間ではなかった。だが、君の性格が災いして死ぬ事となった。そこで疑問だ。何故君は、あのような性格だった?人を見下し、人を人として見ず平気でクビを切る。非情で、非常識で、無慈悲な性格を作ったのは一体誰だ?ボクに教えてくれ」
ボク?それまで一人称が私だったクロさんの、一人称が変わった。
同時に、ベールからちらちらと覗いているその口が、まるで三日月のように形を変えて、笑い出す。
「わ、私は……」
誰が、あのクソガキを作り出したか。そう尋ねられると、分からない。強いて言うなら、周囲の環境がそうさせたとしか答える事はない。つまり、私の前世での、父親がそうさせた?だろうか。
まるであのクソガキの責任を、他人に転嫁させるようで気に入らないけど、そう尋ねられたらそうとしか考える事ができない。
「──違うよ。周囲の環境は、関係ない。ましてや君の親の責任でもない。あの時の君は、そういう性格だったのだ。その性格を作ったのは、この世界での君。つまり、シェスティア・タラクティだ」
「はい?」
意味が分からない。頭の中で考えていた事を、クロさんが否定して来たことも、私の性格を作った人とやらの正体の事も。何もかもが謎だらけで、首を傾げるばかりだ。




