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──草原にて その2


 草原での話は続く。


「訳が分からないのも、当然だ。君からしてみれば、君は君であり、そこに他人の意思は関係ない」

「そ、そうだよ。私は私で、クソガキだった頃の私も、今の私も私だし。そこに誰がどうとかは、関係ない」

「うん。そうだろう。そう思うだろう。だが違う。本来クソガキは、この世界に生まれるシェスティア・タラクティの物だったんだ。対して向こうの世界の君は、今の君のように、人に優しく人に愛される存在になるはずだった。はずだったと言うのは、コレは私の見解だからだ。今の性格の君が、あちらの世界でどういう人生を歩むかなんて、分からないからね」


 クロさんの一人称が、私に戻った。同時に口の形も落ち着きを取り戻し、普通になっている。ただ、どこか面白そうに笑ってはいる。


「……クソガキが、私じゃない?」

「そういうと語弊があるが、今の君の性格の君と、クソガキだった頃の君は、本来別々の個体だったんだよ。ではどうしてそのような事態が起こってしまったのか。それには私とシロが関係している」


 クロさんがそう言って、シロさんを見た。その視線を受け止めたシロさんが、ゆったりとした口調で語り出す。


「……私は、この世界から魔法を消し去ろうとした」


 キレイな声で、たったそれだけ。シロさんはそれだけ言うと、お茶を口に運んで黙り込んでしまう。


「ふふ。シロはこの世界から魔法を消し去ろうとし、ボクは魔法を使う事の出来る人間を、人為的に作り出そうとした。結果として、ボクとシロは喧嘩をする事になった。ボクとシロの喧嘩は、凄かったよ。思い出すだけで……ふ、ふふ。ダメだ。凄く、興奮する!」


 口を歪ませ、身体を色っぽくくねるクロさんの姿は、扇情的だ。でも、その姿を見て何よりも、狂気が前面に出て来る。


「私もクロも、したい事は同じだった。でも、衝突してしまった。大地は割れ、山は吹き飛び天は真っ赤に染まった。世界中の人々が、私とクロの喧嘩を恐れて震え、身を隠した」


 興奮して口を閉ざしたクロさんの代わりに、シロさんが話を繋いでくれた。

 喧嘩でそんなになるって、もう喧嘩のレベルを超えている。もはやそれは、天変地異と呼ばれる類の物じゃないだろうか。


「ふ、二人は……そんな喧嘩をしてまで、何をしたかったの?」

「魔法を使える者と、使えない者の格差をなくそうとした。ただ、それだけ」

「そう!そのためにボクは、全ての人間が魔法を使えるようになれば良いと考えた!一方でシロは、この世界から魔法をなくせば良いと考えたんだ!両者の考え方は違えど、目的だけは同じだった。なのに、ボクとシロはそれに気付かず喧嘩を続け、世界中を恐怖のどん底に陥れたんだ。そして気づけば、ボクとシロは世界の狭間へと吸い込まれていた。恐らくボクとシロの衝突に、世界が耐え切れなくなったんだと思う。ぽっかりと開いた風穴から逃れる事はできず、その風穴はボク達を吸い込んだ後にすぐに閉じてしまい、ボクとシロは世界の狭間を漂い続けるだけの存在となってしまった」


 世界が耐え切れない程の喧嘩とは、想像するだけで恐ろしい。世界に風穴が開くとか、ホントどういう次元の喧嘩だよって話だよ。


「それと私が、どう関係してるの?」

「問題はそこからだ……。ボク──私とシロが世界から消え去り、この世界には平穏が訪れた。今までと変わらない。魔法を使える者と、使えない者がいる世界だ」


 クロさんは一人称を言い直し、少し悲し気に、そう語った。

 私の知るこの世界は、クロさんが言う通り、魔法を使える人と使えない人がいる。その事を知ったのは、私がこの世界にやってきてから結構経ってからだ。エリシュさんからその事を教えられ、驚いたのを覚えている。


「だが、そこに私とシロはいない。肉体を失い、魂だけの存在となった私とシロは、長い長い年月を世界の狭間で過ごす事になった。それは、一瞬であるようで途方もない時だったよ。その時を過ごす中で、ある時こう思った。もし私とシロが世界の狭間から出る事ができたら、どうなるのだろう、と。私とシロの肉体は、世界の狭間に閉じ込められた時点で消滅した。魂だけの存在となったのだ。そんな私達が世界の狭間から出たら、どうなると思う?成仏しておしまいか?それはちょっと、つまらなすぎる。だからシロと共に、少しだけあがいてみたんだ」

「世界の狭間から出る事は出来なくとも、狭間の向こうの世界を覗く事は出来る」

「そう!ボク達はそれに気づき、世界の狭間から狭間の向こうの世界に干渉を試みる事にしたんだ!コレが中々に難しくてねぇ。手こずったけど、ボクとシロの最強コンビに出来ない事はない!」

「でも、思惑通りにはいかなかった」

「そう!全く行かなかった!それどころか、世界に矛盾を生じさせてしまう事態となったのだ!」


 何故か嬉しそうに興奮しながら言うクロさんに、私は少し引いた。

 この人、興奮すると簡単に、どこか狂気を感じさせる人になってしまう。一方のシロさんは、ずっと平坦な道が続くだけ。クールだね。この2人、中々に対照的だ。


「矛盾って、一体何をしたんですか……?」

「それこそが、君に関係する事だ。私とシロは、二人で世界に干渉を試みていた。干渉と言っても、大したことではない。ほんの小さな穴から、少しだけ狭間の向こうを覗き込み、あわよくば私達の還る肉体を探していた。私達の肉体は、先程も言った通り世界の狭間に入った時点で消滅し、魂だけの存在となってしまったからね。狭間から出るにしても、器が必要だったんだよ。肉体がなければ、正にただの亡霊だ」

「肉体は、見つかった。私とクロは、それぞれで開いた覗き穴から、肉体への回帰を試みた。でも失敗した」

「ああ。大失敗だ。肉体に魂が宿る前。女性のお腹の中で生命が形取られる瞬間を狙っていたのだが、ダメだった。風穴は基本、一方通行。向こうからこちらに来るのは安易で、こちらから向こうに入る事は難しい。結果私達が侵入を試みた、小さな小さな穴から、その肉体に入り込むはずだった魂をこちらに吸い込んでしまっただけだった。笑えるだろう?」

「んぅ……」

「よく分からないという顔だね」


 そりゃそうだ。異世界に転生したとかいう話より、クロさんの話は突飛だ。中々理解が及ばなくて、若干混乱中である。なんとかついてはいけているけど、そろそろ起承転結の結の部分に入ってくれないと、キツイ。


「と、とりあえず続けて」

「……私が吸い込んでしまった魂は、シェスティア・タラクティとして生まれるはずだった命。シロが吸い込んでしまったのは、君がクソガキと自称する世界の君だ。だが二つの魂は、一瞬世界の狭間に入ったと思ったら通り過ぎて行ってしまった。向かって行った先は、お互いの肉体……開いた小さな穴から、まるでそこが自分の還るべき場所かのように、吸い込まれて行った」

「んー……あれ。さっき一方通行とか言ってなかった?だから、失敗したんじゃ……」

「基本、ね。それを見て、狭間から出る方法が分かったんだ。単純な事で、魂が入って来た瞬間にだけ、狭間の向こうに行けるようだ。けど私もシロも、狭間に閉じ込められた存在。もし風穴から魂だけを引っ張り出して私達がその穴をくぐってしまったら、代わりにその魂が永遠に狭間に閉じ込められる事になる。だから、諦めた。諦めて、君の人生を見送る事にしたんだ」

「貴女が生まれてから、私達はずっと見ていた。でもその世界に生まれた貴女は、本来シェスティア・タラクティとして生まれるはずだった貴女。本当の貴女ではない」

「そう。最初に言った通り、君は入れ替わってしまったんだよ。ボク達のせいで!」


 クロさんは興奮気味に言って、言いくくった。ベールから覗く唇は再び歪みを見せ、一人称もボクになっている。

 長々と喋ってくれたけど、まとめるとつまり、私と私が入れ替わっていたという訳だ。なるほど、よく分からない。


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