解放
「すぅ……」
私は息を吸ってから、魔力を解放した。おびただしい量の魔力の光が私の身体から飛び出し、周囲を覆いつくす。私の魔力は、透き通るような白い光の魔力。自分で言うのもなんだけど、メグルの魔力の光の次くらいに……いや、やっぱり一番かな。私の魔力が、一番美しい。
もっとも、この光景を目に見えるのは私だけだけど。
「何をする気だ?おとなしく投降して、ボクの支配を受け入れるなら殺しはしない。無駄な事はやめて、こちらへ来るんだ」
目に見えなくとも、私が魔力を解放している事を察する事は出来る。私の魔法に警戒しているのか、先生を盾にして隠れた男がそう言って来た。
その卑怯な行動を見て、私は怒りと共に更に魔力を解放する。もはや、この部屋中は私の魔力でいっぱいだ。それでも私の魔力は留まることなく解放され続ける。
「……なんだ、この魔力は。八大賢でもないただのガキが、何故こんな魔力を持っている!」
その様子に、男が分かりやすく戸惑い始めている。
「答える義務なんてない。全部……壊れろぉ!」
私の魔力に耐え切れなくなった周囲の壁が、揺れだした。そして壁にヒビが入り、一部で崩れ始める。そうなったらもう、止まらない。私の魔力を閉じ込めていられなくなった壁が、崩壊。魔力が勢いよく外へと溢れ出して行く。
「ボクの、天使たちがあぁぁぁ!」
壁の崩壊を見た男が、頭を抱えて叫んだ。
壁が崩壊したという事は、壁に描かれた天使たちも崩れていくという事。そしてそんな天使の絵が崩れるのと同時に、私の物ではない魔力の光を見た。その魔力は様々な光を持っていて、私の魔力と合わさって私の魔力を虹色へと変換させた。
元々キレイだったけど、更にキレイな光へと変貌した私の虹色の魔力は、留まる事を知らない。出口を得た私の魔力はこの部屋の外にも出て行き、天へと昇っていく。
「……本当に、どれだけの人の命を奪って、こんなくだらない部屋を作ったの?」
私の魔力に混じった魔力は、知らない誰かの命だ。いくつもの命が魔力として壁に閉じ込められていた事に、私は憤りを感じる。
「くだらない、だと……?ボクが、この世界から魔術師以外を駆逐するために作った、この技術の結晶を、くだらないだと!?殺す!絶対に、殺す!」
男が、私に向かって魔力を放って来た。咄嗟にシグレが私を庇ってくれるけど、大丈夫。壁が壊れたという事は、もう私達の勝利だ。
「──ほう。どうやって、私の娘を殺すと言うのだ?」
「それは興味があるねー。是非、私も聞きたいよー」
「っ……!」
エリシュさんと先生にかかった支配の呪術は、メグルにかかっていた物程複雑ではない。ラミーヤにかかっていた程の物でもないので、だから2人の意思までは支配されていなかったのだ。
たぶん、壁の魔力によって繋ぎ止められていただけの、仮初の支配なんだと思う。男が自分でそう言ってたし、ニュアンスとしてそれで合ってるはず。
自由の身となったエリシュさんは、まず自分の魔法を解いてルナさんを氷から解放した。そしてその身体を大切そうに腕に抱き締めている。
先生は、手に風を巻き起こしていつでも男に攻撃できるように構えている。
2人とも、口調は穏やかで余裕そうだけど、目が笑っていない。ハッキリ言って、怖いと思ったね。この2人を同時に怒らせるとか、本当にやっちゃいけない事だと思う。でももう遅い。
「げっ、下僕どもぉ!ボクを守れ!」
男が叫ぶと、この家で働いていた男の人や、メイドさん達が駆けつけてやってきた。そして本当に男を守るように囲ってしまう。
その中には、私達をこの家に招き入れたあの初老の男の人の姿もある。
「彼らは……カルマに支配されている者達か。けっこうな数だな」
「けど、中にはそうでもない人もいるようだねー。恐らく人質でも取られているのかな。さっき、そんなような事を言っていた」
「ああ。だがどうする?」
「……彼らにかかった呪術は、たった今解かれました」
この辺りは、私の虹色の魔力で溢れている。そこに入って来た人たちにかかった呪術は、すぐに私のマジックキャンセラーによって解く事に成功。皆正気を取り戻す事が出来た。
いや、私にもよく分からない。けっこう苦労してこれまで解除してきた呪術が、いとも簡単に解く事ができてしまうようになったんだから。
でもたぶん、この虹色の魔力のおかげかな?もしかしたら、壁に囚われていた人の魂が、解放したお礼に協力してくれているのかもしれない。そういう事にしておこう。
「一体、何が起こっている……!?」
戸惑う男と、呪術が解かれた人たちで溢れる現場は、混乱気味だ。でも解放された事に喜ぶ人の姿はそこにはない。彼らはただ操られていただけではなく、人質を取られているのだ。呪術を解かれて支配から逃れる事ができたとしても、自由はない。
「ははは!何が起こっているか、というのは私も知りたい所だ。だが、それ以上に痛快だ」
「そうだねー。で、警告しておくけど、自由になった人は私達の邪魔をしない方が良いよ。私は容赦しないからねー」
エリシュさんは、上機嫌に笑っている。先生も上機嫌だけど、同時にせっかく自由になれた彼らに対してそう警告をした。
ラミーヤが操られていると分かったうえで、殺すしか道がないと言い切っていた先生だ。邪魔をすれば、本当に殺されてしまうかもしれない。せっかく支配から逃れたと言うのに……それはちょっと、嫌だな。
「……ふ。はは。ははは!何が起こっているか、全く訳が分からない!このボクが長年かけて研究してきた物が、八大賢でも煙の魔女でもなく、ただのガキに邪魔されてるんだぞ。理解不能だ。全く理解できない!」
男はもう、笑っているのか怒っているのか慌てているのか、傍目では分からない。まぁ、混乱してるんだね。
「──ひ。ヒヒヒヒヒ!や、やや、や、やっと見つけた!」
そこに響いた、怪し気な笑い声。その声は崩れた壁の向こうから聞こえて来て、同時に周囲に冷気が漂った。
その声の持ち主は、男だ。もじゃもじゃの紺色の髪。明らかに不健康そうな目の下のクマ。その姿を一度見たら、中々忘れる事はできないであろう特徴的な容姿だ。
彼とは故郷の森で偶然出会い、少しだけ会話をしただけの仲だ。名前も知らないけど、彼を恨んで殺そうとしている人を私は知っている。
「遅すぎる。こちらは危うく、カルマに精神を支配される所だったんだぞ」
「て、手紙。こ、ここ、この町にいれば、分かりやすい合図があるからそれまで待機していろと言うから、一週間寝ずに待機してたんだよ。あ、合図。凄く分かりやすかった。こ、この魔力は、八賢を遥かに超える力だ。出所は……ひ、ヒヒ。ヒヒヒヒヒ!」
男が私を見て、不気味な高笑いをあげた。
虹色の魔力の出所を、私だと認識したのだ。とても面白そうに、とても不気味に笑っている。でもそこに悪意や敵意は感じない。本当に純粋に、ただ面白そうにしているだけ。でも不気味で鳥肌がたつ。
というか、エリシュさんはこの男が来る事を知ってたの?話のニュアンス的に、呼んだのはエリシュさんだよね。彼を殺そうとか考えている割に、随分親しげじゃない。
「……なんだ、この男は」
「えー。知らないのー?私に学校を押し付けて姿を消した、史上最悪の自由奔放無責任男だよー」
「ごっ、っ!?」
先生の紹介を聞いて、男が言葉にならない悲鳴をあげた。
え。今の説明で分かったの?
「ヒヒヒ!」
その様子を見て、もじゃもじゃ頭の男が面白そうに笑う。
「お、お前ら動くな!いいか、よく聞け!ボクはここにいるボクの下僕たちの家族を、支配の呪術によって操っている!ボクが命令を下せば、この町にいるそいつらがこの町で暴れ出す事になる!無差別に人々を殺し、暴れ出す人形となるだろう!」
「それは本当か?」
と尋ねたのは、エリシュさんだ。私達を案内してくれた、初老の執事に尋ねた。
「……残念ながら、本当でございます。私の息子夫婦は、私の目の前で我が主の支配魔法を受けました。数百の人の血と命を用いたその儀式魔法は、間違いなく息子夫婦の魂を支配してしまいました。しかも、本人たちにその支配をうけたと言う認識もなく、孫と共に平穏に暮らしております」
「そんな者達が、突然暴れ出すという事か。君は、本当にそうなると?」
「思います。主が命令を下せば、この城下にいる者達は一斉に、狂人となるでしょう。その中には、国王様も含まれているという事をお知らせしておきます」
「そういえば、国王も君に操られているのだったか。あの無能め」
「いかがなさいますかな?私としては、家族が狂人となって周囲の人々を殺しにかかる姿を見たくはない。なので、できればおとなしく引き下がっていただきたく思う所存」
「──残念ながら、断る」
「──この男は、この場で殺すよー」
「──ヒヒヒヒ!」
「は……はぁ?」
家族を人質に取られている彼らにとって、先生とエリシュさんが被って答えた。その答えは、あまりにも残酷な物だ。
でもその答えを聞いた男が、一番驚いている。まさか、今の話を聞いた上でそんな選択を選ぶとは思ってもいなかったようだ。本当に驚いて、目を丸くしている。
「……そうですな。それが、正しい」
「何を言ってる!お前たちの家族を、こいつらは見捨てると言っているんだぞ!?」
「ええ。この方たちは、私達の家族の命よりも貴方の魔法を恐れ、この場で始末する事を選んだのです。貴方を生かしておく事による、先の混乱よりも今の混乱を選んだ……という訳ですな。つまり、どの道私達の家族が助かる道はない。ならば、私達が貴方に従う理由もなくなった」
男の従者だった人たちの目が、一斉に彼に──カルマに向いた。エリシュさんと先生の選択は、人質を取られている彼らを、カルマの支配から完全に開放したのだ。
でもその解放によって、失われる物はあまりにも大きい。大きすぎる。
「この、役立たず共めっ……!いーいだろう。ならば、臓物を撒き散らせ!ボクの玩具どもぉ!」
たぶんその言葉が、合図なんだと思う。カルマがそう命令を出した瞬間に、男から魔力が飛び出してどこかへと飛んで行った。
今この町で、惨劇が始まろうとしている。
そんな時なのに、私は視界が真っ白に染まって、意識が飛んだ。そして気づけば、草原のど真ん中にいた。




