大切な人のために
「このっ……!」
怒った男が、メグルを再び殴りつけようとした。
「本題に入ろう」
メグルが殴られる前にそう切り出したのは、エリシュさんだ。そう言いながら魔力を解放したエリシュさんにより、辺りが煙に包まれる。
そんな事をされたら警戒せざるを得ないのか、男はメグルを殴るのを止めて引き下がった。メグルをその場に置いて、自分だけだ。
「君はゴールデウス魔術学園の生徒に、手を出した。その命を危険に晒し、その上世界征服などというくだらない目標をたてている。合っているかい?」
「合っています。最終的には、魔術師以外の人間には死んでもらおうかと。だってこの世界に、魔術師以外の人間なんて必要ありませんから」
それはつまり、世界の7割の人間が死ぬ事を意味する。一体、何が彼をそんな衝動にからせているというのだ。
「もう察してはいると思うけど、私達は君を拘束しに来た。抵抗するなら、殺す事も厭わない。国王からその許可ももらっている」
「国王が、ボクを見限った?あり得ない。彼にも呪術がかけられていたはず。その動きがあれば、ボクがすぐに気く」
「ハッタリだよ。国王はこの事を知らない。だが、呪術がかけられているのか」
「国王も、君の意のままに動くお人形さんだったていう事かー。エリシュの見立て通り、国王に相談せずに来てよかったよ」
「……ボクが、口車に乗せられるとは思ってもいませんでした。この仕返しはさせてもらいますよ?煙の魔女。貴女が手を繋いでいる、その子を殺しなさい」
突然の、男の命令だった。エリシュさんはシグレと手を繋いだままで、シグレを対象にした命令だという事は分かる。
でも、エリシュさんが男にそう言われた所で、そんな事をするはずがない。
「──え?」
そう確信を持っていたのに、エリシュさんと手を繋いでいたシグレのその手が、凍り付いた。氷はどんどんシグレを侵食していき、その小さな身体を氷漬けにしようとしている。
慌てたシグレが魔力を発動させて侵食を遅らせるけど、手がつながったままなので反抗が間に合わない。
「……」
そこで動いたのが、先生だった。素早く動き出した先生がエリシュさんの手を蹴り上げて、シグレと分離。シグレを抱きかかえてエリシュさんと距離を取った。
「シグレ!」
「エリシュ様!」
私はシグレに駆け寄り、シグレの手を凍り付かせた魔法にマジックキャンセラーをかける。
一方で、エリシュさんにはルナさんが駆け寄った。
「待て。それ以上近寄るな。……分かっている。コレは精神攻撃だ。いつ、私に呪術を仕掛けた?……私の手に触れた、あの時か。しかし魔力は感じなかった。……この部屋か。この部屋自体にも、何か仕掛けがある」
「はははは!その通り!この部屋に入った時点で、お前たちには勝ち目がない。お前たちは私の意のままに動く人形となるんだよ!」
頭を抱えつつ、冷静に分析するエリシュさんは、苦し気だ。よく見れば、エリシュさんの手の甲に黒い光が見える。これは、呪術だ。呪術がエリシュさんを操り、シグレに攻撃させた。だけど、いつどうやってそんな事を……。
いや、今はエリシュさんもラミーヤと同じように、男に操られているという事が重要だ。操られているのなら、また私が消せばいい。
「──炎の贈り物」
シグレの手の氷を消し去り、続いてエリシュさんにかかった呪術を解きに行こうとした時だった。私に向かって炎が飛んできた。火炎放射の如く襲い来る炎は、私の背丈よりも大きい。
「聖なる光に守られし安全地帯<ホーリーライト・フィール>!」
私は咄嗟に魔法を発動させ、襲い掛かって来た炎を光の壁で遮った。炎は壁にぶつかるとその威力を失い、ガス欠をおこしたかのように消え去って行く。
それから、邪魔をして来た魔法の出所であるメグルを睨みつけた。
そこには、両手でボールを持つような仕草を見せ、手と手の間に魔力で生み出した炎を浮かべているメグルがいた。
「私の魔法を、防いだ……?ただの子供が?」
「大した魔法じゃないね。まさか、今のが本気って訳じゃないでしょ?」
「勿論ですわ。私が本気を出せば、この部屋の中は一瞬にして灼熱の地獄となります。そうしないのは、ご主人様がいるから。ご主人様に感謝なさい」
「あー、もう、いちいち気持ち悪いなぁ!」
メグルのその口調と、ご主人様と呼ばせる男が気持ち悪くて、身体がかゆくなる。
「分担行動と行こう。ルーナレウス君は、エリシュの相手を。シェスティア君とシグレ君は、メグルの相手。私はカルマを相手にする」
「……世話をかけて、すまないなルナ。遠慮はいらん。私を止めてくれ」
「いえ。すぐに止めて差し上げますので、今しばらく我慢を」
ルナさんはそう言うと、メイド服のスカートの中から短剣を取り出した。太ももに装着されたホルダーには、何本もの短剣がぶら下がっていて、その装備が彼女がただのメイドさんでない事を物語っている。
まさか、エリシュさん対ルナさんの構図で戦う姿を見る事になるなんて、思いもしなかった。というかその構図は避けるべきだと私は思う。だって、ルナさんとエリシュさんは、恋人同士なんだよ。恋人同士で戦わせるのは間違ってる。それに、私がエリシュさんと戦えば、戦いの中でエリシュさんにかかった呪術を解く隙が生まれるかもしれない。私がエリシュさんと戦うべきだ。
「余計な事は考えなくていい。指示に従い、集中して行動するんだ。君の相手は、カルマの秘密兵器。恐らくこの場にいる中で、私を除いて一番強いんだからねー?」
私の考えを見透かしたのか、先生がそう言って男の方に向かって歩き出した。
いや、確かにそうだよね。冷静に考えれば、メグルは男に世界征服とやらの道具にされようとしている。それを実現するだけの力を、持っているのだ。
そんなメグルと、何故私が戦う事にしたの?先生が戦うべきじゃない?だって、先生は八大賢。この中で誰よりも強いはずだから。
「臆しましたか?私は、誰が相手でも構いませんよ。例え八大賢だろうとも……燃やし尽くして差し上げます」
「……いや。メグルの相手は、私がするよ」
この配置について、色々と文句を言いたい。言いたいけど、唐突に理解した。
今、私達の大切な人がゲスの手にかかり、ゲスの意のままに操られている。そして操られている大切な人を解放するために戦うのは、燃える。きっとルナさんも、私と同じ気持ちを抱いているはず。
「お姉さま。私も戦います」
「うん。でも、手は平気?」
「問題ありません」
「よしっ。それじゃあメグルを倒して、さっさとあの気持ち悪い男から解放しようか」
「はい!」
シグレは元気よく返事をし、魔力を解放。私と並んで立ち。メグルと戦う気迫をみせた。
「エフテニーリャ様がお相手をしてくださるとは、光栄です。でも良いのですか?お連れの二人は、ただのメイドとただの子供。煙の魔女と、八大賢の娘を相手にするには、あまりにも荷が重すぎるのでは?」
「君の目は節穴かい?いや、そうであるからこそ、こんなバカげた事をしだしたのだろう。くだらないねー。実に、くだらない」
「意味がよく分かりませんが、貴女の稚拙な指示により、お仲間が危険な目にあうのですよ」
「君はそれよりも、自分の身を心配したらどうだい?瞬殺なんて事にならないように、少しは頑張ってくれよ?」
「ええ、勿論。エフテニーリャ様をお暇にさせないよう、頑張るつもりです」
各自の戦う準備が整った。これに私達が勝てば、メグルを……家族を取り返す事ができる。私の人生の大一番と言えるね。
私は今、燃えに燃えている。たとえ相手が八大賢の娘だろうとなんだろうと、相手はメグルだ。そう考えると、負ける気がしない。




