全ての始まり
気持ち悪い男の名前は、カルマ。国王に近い貴族で、魔法によってこの国を支える人物だ。かなりのお偉いさんである。でも、気持ち悪い。
「──ボクの呪術は、相手が魂を差し出す事で完成するのです。だからまず、相手の心を開かせる必要があります。先ほど話した……ラミーヤと言いましたか。ディシア様に送り付けた刺客は、一緒に住んでいるお友達を人質にとったら、すんなりと応じてくれましたよ」
男は、ぺらぺらと自分の呪術の事に関して喋ってくれた。
先生に気持ち悪いと言われてニヤリと笑い、その後の事だ。気持ち悪いと言われて笑うのも気持ち悪いし、そんな魔法を使うのも気持ち悪い。この男には気持ち悪いしか残っていない。
「……どうやって、人質にとったの?」
「寝込みを襲いました」
平然と言うこの男に、私は腹が立つ。女の子の寝込みを襲った?本当に最低じゃないか、この男は。
でも、いちいち怒っていたら話が進まない。ここは我慢する。
「寝込みを襲い、一緒にいたもう片方の少女には魔法をかけて眠ってもらったんです。それで、ボクが欲しい力を持っていた方を魔法で拘束し、動けず喋れない状態にしてからその心を開いていただきました。余程一緒にいた少女の事が大切だったのでしょう。彼女に剣を突き付けて断れば殺すと脅したら、泣きながら呆気なく屈してくれましたよ」
ああ。もう限界だ。私はこの男の話を、聞いていられない。拳に自然と力が入り、彼を殴り飛ばしたくなってきた。というかこの衝動はもう抑えられそうもない。
「っ!」
一歩踏み出した私だけど、ルナさんに肩に手を置かれてその行動を制止された。どうやら読まれていたようだ。
でも私の代わりに駆けだした人物がいる。シグレだ。
「よくも、ラミーヤさんを!」
友達のために怒りを露にし、感情的になるシグレを私は初めて見た。彼女は私のように短絡的な行動をおこすような子ではない。そう思っていたんだけど、その考えは改めなければいけないようだ。
大切な人のためなら、感情的になって怒ってくれる。優しい私の妹である。
「やっちゃえ、シグレ!」
私はそんなシグレを応援した。私はルナさんに止められてしまったけど、シグレは自由である。私の代わりに、あの男に痛いのを一発くらわしてやれ。
「二人とも、落ち着きたまえ」
でも、シグレの行動はエリシュさんによって遮られた。エリシュさんは横を通り過ぎようとしたシグレの腕をひっぱり、その行動を制してしまったのだ。
あと数歩で男の懐に入る事ができたのに、何で邪魔をするんだ。一発殴るくらい、別にいいじゃん。この男はそれだけの事をしている。
「エリシュさん!この方を、私は絶対にゆるせません!私の事はいいけど、ラミーヤさんを傷つけて平然としているこの方は、罰せられるべきです!というか殴られるべきです!殴らないと気持ちが収まりません!だから殴らせてください!」
「罰せられるべきなのは分かっている。けど、まだ話の途中だ。もう少しだけ待ちたまえ」
「無理です!私はもう待てません!殴らせてください!」
息を荒くしながら、エリシュさんの腕を振り払おうとするシグレ。
私も呼応してルナさんの手を離そうとしたけど、ルナさんは私を抱きかかえて来た。そして強めに抱きしめられて、全く逃げられなくなってしまう。というかちょっと苦しい。ルナさんのおっぱいに押し付けられるのはいいけど、息がしづらいです。勘弁してください。
「落ち着くんだ。じゃないとキスするぞ」
「何でもしてください!私は落ち着きません!」
あくまでエリシュさんに反論するシグレに対し、エリシュさんはため息をついてから両手で優しく抱きしめた。
「君の、友を大切に想う気持ちは理解している。でも、この男を罰するのは大人の役目だ。君の想いには最大限応えるようにするので、もう少しだけ我慢してくれ」
エリシュさんはシグレの耳元で優しく言いながら、シグレの頬にキスをした。
「っ!」
そんな事をされてしまったら、シグレは黙り込むしかない。
それを見て、エリシュさんは満足げに頷いてからシグレと手を繋ぎ、改めて男──カルマと対峙した。
2人のその姿は、本当に母と娘だ。自分とママを、重ねてそこに見た。
一方の私は、ルナさんに抱きしめられて苦しんでいる。この扱いの差は、なんとかしてくれないかな?いや、別にルナさんに抱きしめられてキスをされたい訳ではないんだけどね。
「茶番はもういいかな?」
「ああ。話が逸れてすまないね。続きだが、君は私の娘の友達に手を掛けて傷つけた。だがそれだけではない。シェスティアの家族を、どこへやった?」
「家族?知りませんよ。貴女達がそうなのでは?」
「何故ここまで素直に言っておいて、そこだけトボける。では単刀直入に言うが、メグルという少女を君は知っているはずだ。それが、君がシェスティアから奪った家族の名だ」
「メグル……!」
エリシュさんの追及を聞いて、私は心臓が止まる思いだった。メグルの名が、まさかこのタイミングで出るとは思ってもみなかったから。
どうやらエリシュさんは、メグルに関してもこの男が関与していると確信しているようだ。つまりメグルは、この男に攫われた?だとしたら、益々怒りがこみあげて来る。
いや、ちょっと待った。思い出した。あの、私達を出迎えた、初老の執事さんの声。あの声は、メグルをあの日、あの時迎えにやって来た男の声だ。
「メグルまで……あ、貴方の、げふっ。仕業だったの!?」
ルナさんに抱きかかえられていなければ、私は殴り掛かっていただろう。じたばたと暴れるけど、ルナさんの力は強い。そうしたいのはやまやまだけど、おとなしくしておこう。暴れていたら、抱擁が強くなったから。これ以上はマズイ。ホント、息が出来なくなりそう。
「……そこまで、辿り着きましたか。もしや、私の関係者の中に裏切り者でもいるのですかね。誰から情報を得たのか、尋ねても?」
「個人的な情報筋だ」
「言えませんよね。だって言ったら、その人の家族が家族同士で殺し合いを始める事になっちゃいますから」
「そのメグルが、君が手に入れた八大賢とやり合うためのもう一つの力という訳だ」
そう言い放ったのは、先生だ。メグルが、八大賢とやり合うための力?ちょっと意味が分からない。だってメグルは私と同じ子供で、私と何も変わらない。
「おや。エフテニーリャ様はまさか、彼女の素性を知っていたのですか?」
「ああ、知っていたよ」
「ならば何故止めなかったのですか?何故、消そうとしなかったのですか?知っていたのに見過ごしていたとなると、それは大きな大きな問題ですよ。まぁそのおかげで私はその力を手に入れる事が出来た訳ですから、言える立場にないのですけどね」
「メグルの、素性……?」
「貴女があのど田舎で出会ったメグルという少女の父の名は、ランドグリース。八大賢の一人、炎賢のランドグリースなのですよ。この意味が分かりますか?」
確か八大賢は、子孫を残す事が禁止されているはず。その強力すぎる魔力を継承する者を、作らないためだ。その娘と言う事は、つまり約束が破られたと言う事である。
「それと、メグルが私の前から消えた事と、何か関係があるの……?」
「ボクは彼女を手に入れるため、ずっと狙っていたんですよ。父から捨てられるように仕向け、はるか遠い東の国から奪い、この国の貴女の村で匿うように誘導し、その村があの子のせいで東の国の暗殺者によって酷い目にあい、大切な友達を失ってしまう。そういう筋書きでした。心が死ねば、それだけ操りやすいですからね」
「パパとママは、死んじゃった。ディルエも、ディルエのお父さんもお母さんも死んじゃった。でも、私は生きている」
「あの男が血迷ったせいですね」
「あの男?」
「ええ。村人の、筋肉質な男性の事です。本来であれば彼が貴女もろとも殺してくれるはずだったのですが、彼は行動を起こしてはくれませんでした。言葉で誘導するだけで行けるとおもったのですが……ボクの詰めが甘かった結果です」
この男は、何を言っているんだろう。筋肉質な男性とは、たぶんサベルさんの事だ。私の村が襲われたのも、この男のせい?だとしたら、全部の始まりはこの男だ。私のこの世界での平穏を、この男は奪った。私だけではない。私以外の大勢の平穏を、この男は奪ってニヤニヤと楽しそうに笑っているのだ。
「この男は、呪術だけではなく、言葉でも人を巧みに操る。サラとグラディスを殺した男の事は、私も調べた。あんな事をするような人間ではなかったと、誰もが口を揃えていたよ。いくら家族を失ってしまったからといえ、違和感がある。しかし何者かが彼に入れ知恵をし、そうするように仕向けたのだとすればどうだ」
「その通りです。でもボクはただ、仮定のお話をしただけです。何故、貴方の家族が死ななければいけないのでしょう。誰が、そうさせたのでしょう。きっと、この村に彼女を誘致した人物がいるはずです。それは、彼女と仲の良い家族なのではないでしょうか。彼らは皆生きているのに、貴方の家族だけが死んでしまうのは、おかしい。そもそもこの村の場所を、他国の暗殺者が知っているのもおかしい。誰かが、裏切っている。それは生き残った者達の誰かではないか、と」
「クズめ」
エリシュさんがそう吐き捨て、私も同じことを思った。この男は、本当にクズだ。もはや、許せる場所が見つからない。




