ドン引き
私が魔力を解放して周囲を飲み込むと、巻き起こっていた風が消え去り、静かになった。更についでに、ラピスが放とうとしていたと思われる魔力も消しておき、ついでのついでに私の顔を掴むこの偽メグルにかかっている魔法もマジックキャンセラーによって消し去った。
それにより普通の筋力に戻った彼女の手を掴んだ私は、両手に力をこめてその手をどかす。
「なに……?」
私の力によって手を退かされた事に驚いた彼女は、警戒するように私の上からもすぐに飛び退いてくれたので、上半身をおこした。
それから周囲を見渡すけど、やはりメグルの姿はどこにもない。いるのは偽メグルと、慌てて追いかけて来たシグレとラピス。それから、遅れてラミーヤと先輩もやってきた。
「貴女達、喧嘩はよしなさい!」
「……」
先輩が全員に向かってそう言い放ってきたけど、私にその意思はない。むしろ私が、その意思を潰した側である。
未だに私を中心として展開した私の魔力は、周囲を飲み込んでいて魔法の発動を許さない。魔力を解放しようものなら即座に打ち消し、これ以上の騒ぎになるのを防いでいる。
「ですが、お姉さまがあの女に……!」
「分かってるけど、落ち着いてシグレちゃん。別に怪我をした訳でもないんだし、貴女が怒って暴れる意味もない。ルラさんも、これ以上暴れないで。いいわね?」
「状況をわきまえて言え、メス豚。余はこ奴らに襲われ、身を守るために最低限の力を行使したまで。背後から襲われた以上、その理由を聞き出すために拘束するのは道理であろう」
「襲われた、だと?シェスティアはただ、話しかけただけだ!」
そう言って怒ったのは、ラピスだ。
確かにそうなんだけど、話しかけ方が少し乱暴だった気がしないでもない。反撃される程の勢いだったのなら、私も反省すべきだろう。
私としては、とりあえずこの場を丸く収めたい。別に私は、怒ってないし。
しかし、メグルと偽メグルを見間違えたのはショックだった。完璧にメグルだと思って話しかけたので、ショックは大きい。結局メグルはどこにもおらず、影も形もなかったという訳だ。表には出さないようにしてる……というか、その暇が現状ないだけなんだけど、実は泣きそう。
「双方の言い分はあるだろうけど、客観的に見て双方に落ち度がある。だからここは、お互い様という事で手打ちにしなさい。入学して早々に、問題をおこしたくはないでしょう?」
「話の分からぬメス豚だ。脳みそが胸にいってしまって考える力がないのか?もう一度言うが、余は被害者である。このメスガキに背後から襲われ、正当防衛として力を行使したまで。余には、こ奴らを成敗して情報を聞き出す権利がある」
先ほどから、先輩に対してメス豚メス豚と連呼して、凄い新入生である。しかも相手はロリコンだけど、一応は生徒会の副会長。それなりに偉くて凄い人だよ。
とまぁ、偽メグルがそんな態度なために、場の空気は悪くなる一方だ。シグレとラピスは敵対心を露にし、今にも偽メグルに襲い掛かってしまいそう。そうなったら、2人の立場が悪くなるだけだ。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、何も嬉しくない。
「シグレ。ラピス。怒ってくれて、ありがとう。でも私は大丈夫だから、気にしないで」
「ですが、お姉さま……!」
「へへ」
「っ!」
この場を治めるため、私はとりあえず妹を落ち着かせる事にした。反論して来ようとする妹にニコリと笑顔を向けると、もう反論はなく敵意もしまってくれたんだから、この妹はチョロい。
それに呼応するようにして、ラピスも剥き出しにした敵意をしまいこんでくれた。
「うむ。無礼なメス共を黙らせるとは、良い心がけだぞ、メスガキ。では問うが、貴様何故余を襲った」
先輩はメス豚で、私はメスガキか……。メス豚よりは遥かに良いけど、少しカチンと来る。
私は床に座りっぱなしだった体勢から、立ち上がってお尻のホコリを叩いて落とす。
「……襲ったんじゃなくて、本当にただ話しかけただけ。知り合いと貴女が似てたから、つい勢いよく呼び止めちゃったの。それは、ごめん」
「それで?」
「そ、それで?」
「謝罪の言葉だけで済む問題ではないだろう。貴様達は余の機嫌を損ねたのだ。それなりの代償を支払わなければ、その罪は償った事にはなるまい」
私は自分の落ち度を認めた。だけどそれは、そこまで言われるような落ち度ではない。
この子、アレだ。昨日のサリエル君のように、自分の事が偉いと思い込んでその権力に溺れている。彼はエフテニーリャ先生によって少し矯正されたけど、この彼女は現在進行形で絶賛暴走中である。もしかしたら、彼よりも酷いかもしれない。その喋り方とか、先輩をメス豚と呼び捨てるとか、まともじゃないよ。
「一応聞くけど、どうしたら赦してくれる?」
「そうだな。いくつか思いつくが……では、裸で余に頭を垂れ、永遠の忠誠を誓え。その後は余のペットとして飼ってやる。安心するが良い。余はペットに対して優しい。逆らえば鞭で容赦なくうつが、言う通りにしていればそのような事は、イライラした時にしかしない。死ぬまでかわいがりつつ、いたぶってやる」
「……」
一応要求を聞いたけど、コイツやべぇ。発想がぶっとんでる。人間をペットとか、子供の発想じゃない。しかもこんな軽い事でそんな事言ってたら、この先ペットが無限に増えてくよ。
前世の私も引くくらいのぶっ飛び加減に、本気のドン引きである。
先輩が、私が彼女と会いたいと言うのを渋った理由が、今よく分かった。確かに彼女は、あまり出来た人間ではない。あまりどころか、凄くだ。
「何を黙り込んでいる。言われた通りにしないか、メスガキ」
「いや、普通に無理」
そんな要求に対し、私の答えは当然ノーだ。引きながらもしっかりと拒否する意向を伝え、一歩退いて彼女から距離を取る。
「拒否するか?ならば余は貴様を赦さない。絶対に、だ。この言葉の意味が分かるか?」
「いや、まぁ赦してくれないなら、それはそれでしょうがないかな。私はもう自分の非に関しては謝った訳だし、それで赦してくれないならもういいよ」
「ならばこの先貴様に待つのは、悲惨な人生である。苦しみ、痛みに泣き叫び、しかしいつまでも赦されない……貴様の人生は、ここに決定した。楽しみだよ。貴様のその顔が苦痛に歪み、余の足元に這いつくばる事になるその日が」
言っている事が、滅茶苦茶だ。でもこの子の言葉には、重みがある。この子がそう言うなら、そうなってしまうんじゃないか。そんな気さえする。
でも実際は、そんな事になる訳がない。だから私は鼻で笑い、こう言い返す。
「あんまりそういう態度、とらない方がいいと思うよ。正直言って、サムイ。たぶん今の貴女の発言を聞いたら、皆引くよ。悪い事言わないから、今のうちにその生意気な態度を直しておきなよ。なんなら協力しようか?」
私は親切心から、彼女のクソガキをなおすための協力を申し出た。
その態度を改めなければ、1人寂しい学園生活となり、青春を謳歌できなくなってしまう。せっかくこの学校に入れたのに、それは寂しいじゃん。例え彼女の家柄が由緒正しいもので、実は大貴族様の娘さんだったとしても、その権力をこの学校で振りかざすのは不可能。もし虐められたりしても、権力を使ってやめさせることもできないんだよ。
男はどうか知らないけど、女を舐めたらいけない。女社会の中で孤立し、しかもこんな態度をとっていたら、絶対にそういう対象になってしまう。目に見えて分かる。
だからなおすなら、今の内だ。
「──貴様、余をバカにしているのか?この余を」
場の空気が、凍り付いた。そんな場の空気とは逆に、熱気を感じる。ふつふつと溢れ出るような、怒りの籠もった熱気を。その出所は、私を鬼のような形相で睨みつけている、偽メグルだ。
でもその迫力は、私の現保護者であるエリシュさんには遠く及ばない。むしろ、子供が背伸びしているみたいで可愛げすら感じるよ。
でもこの世界、怖い人多すぎない?前世では睨みつけるだけでこんなに迫力がある人、いなかったよ。
「シェスティアさんは、もう行って。ルラさんも、もういいでしょう」
不穏な空気を察した先輩が、間に入って睨み合いを止めに入った。といっても、睨んでるのは偽メグルの方だけだけど。
でも先輩は、本気だ。これ以上言い争いが続くようなら、魔法を使ってまでも止めるつもりである。その身体から魔力を解放し、戦いの準備に入っているのが私の目に映ってるからね。
「シェスティアさん。先輩の言う通りにしてください。これ以上、相手にしてはダメです。早く、こちらへ」
手を引っ張られ、強制的に偽メグルから離された。そうしてきたのはラミーヤで、握られたその手に入った力は凄く強い。強引に引っ張られた私は、されるがままに廊下を歩いて行く。
なんだかラミーヤ、ちょっと怖い。本気で私を彼女から遠ざけようとする意志が、目に見えている。
「シェスティア。その名、覚えたぞ」
去り際に、偽メグルが私に向かってそう言って来た。私も彼女の名前は覚えた。
ルラ──。そう呼ばれた少女は、メグルではなかった。その事実がただただ残念で、この時はそれ以外の事を考える余裕はない。
また、メグルを探しに行かないと。漠然とそう考えながら、私はその場を後にするのだった。




