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黙ってればよかった


 私に注がれた視線には、シグレとルナさんの物も含まれている。ルナさんはまぁ普通だけど、シグレは私が何故口出ししたのか分からないと言った様子で、頭の上に?を浮かべている。


「お嬢様。口を出す必要は、ないかと」

「分かってる。だけど黙ってられないから、放っておいて」

「……」


 私が言い放つと、ルナさんは本当に口を閉ざし、一歩下がってしまった。

 もうちょっと強く止めてくれても良かったんだけどなと思うけど、まぁいいか。


「君は……」


 男が私を呆然と見てくるけど、それが気持ち悪くて仕方がない。目を向ける事もなく、私は先生の方だけを見つめる。


「君は?この子の友達?まさかね。コレに友達なんてできる訳がない」


 この先生、結構口が悪いな。でも私もそれには同感だ。実際この場に、真の意味での彼の味方はいない。

 ちなみに私はこうして口出しした訳だけど、彼の味方という訳ではないので、そこは皆勘違いしないで欲しい。


「そうだよ。この男とは友達でもなんでもない。むしろ、気持ち悪い男だと思ってる」

「なら、黙っていてよ。今良い所なのに」

「それは無理。この男はもう謝った。つまらないプライドを少しだけ捨てて、自分の発言を撤回したんだ。それでもういいとは思わない?」

「思わない」

「だからって、足を舐めさせるとか……そんなの、この男のして来た事と同じでしょう。彼の持つ権力を封じた上で、貴女が権力を振りかざしてるだけじゃん。私にはどっちもどっちに見えて、虫唾が走るんですけど」

「……君の言いたい事は分かったけど、もう黙れよ。私はこの男に足を舐めさせる。舐めないなら、失格。それだけだ。これ以上口出しするなら、君も失格にしちゃうよ?いいの?」

「好きにすればいい。ただしその場合、私もそれなりに好きにさせてもらうからね」


 と言って虚勢を張ったものの、別に何かを考えている訳ではない。本当に、ただの虚勢である。


「……もういいよ。ありがとう」


 突然男が諦めたようにそう呟き、そして先生の方へと歩み寄って行った。


「ちょ、ちょっと!」


 まだ話してる途中なのに、諦めるのが早すぎる。間に入って止めようとしたけど、ルナさんがそんな私の行動を、肩を掴んで制してきた。

 放っておいてと言って聞き入れてくれたのに、このタイミングで止めに入ってくるのは卑怯すぎる。


「お嬢様はよくやりました。もう大丈夫ですので、あとは彼女にお任せください」

「……彼女?」


 ルナさんの様子が、おかしい。まるで全部解決したかのような様子だ。それを見て、抵抗してまでして彼の行動を止める気にはなれない。先生の方へと歩み寄っていく彼の行動を、私は守る事にした。

 先生の下へと辿り着いた彼は、まず先生の足元に跪く。そして地面に手をつき、そのまま更に先生へ這い寄っていく。

 凄く、屈辱的な行動だと思う。彼の身体は震え、それを見守る大衆は面白そうに口の端を歪ませる者や、固唾を呑んでいる者もいる。


「はい、もういいよー」

「は、は?」


 突然そう言いだした先生に、男が戸惑いながら顔をあげた。


「君の誠意は充分に伝わったし、彼女の言う通り。私は君を脅して権力を振りかざすようなクソにはなりたくない。だけどコレで少しは、権力を振りかざされる側の気持ちが分かったかな?」

「……はい」

「ならそれでいい。じゃ、立って。少し時間をとってしまったけど、これより入学試験をはじめまーす」

「……」


 あまりにも呆気ない幕切れだった。もしかして最初から、そんな事をさせるつもりはなかったのではないか。じゃあ黙って見守っていれば、先生が彼に今と同じ説教をして平和的に解決してたわけだ。

 ちくしょう、黙ってればよかった。カッコつけてあんなクソガキを庇ったりして、私は一体何をしてるんだ。


「あのような愚かな者の味方をするなんて、お姉さまはやっぱり優しいです。私はあの男をあのまま放っておいて失格になればいいとばかり思っていましたが、お姉さまの行動を見て改めようと思いました」

「ああ、うん……。ありがとう」


 別に、私もあの男が失格になるのは構わない。だけど、あの空気が嫌だったから口を出しただけだ。決して私が優しい訳ではなく、だけどシグレがそう言って私に尊敬のまなざしを向けてくれるのは嬉しいので、お礼を言っておいた。


「そこ、私語を慎むように。これから最終試験のルールを説明するので、しっかり聞いておくこと」


 私とシグレは、先生にそう指摘されて慌てて口を閉じた。

 そんな、注意する声にまでやる気を感じさせない。この先生の言葉には、何か人を脱力させる魔法的な力が宿っているような気さえしてきた。


「あー、これから君たちには、私に魔力を解放して見せてもらいまーす。そして魔力のコントロールや、実際に魔法を使用して私にアピールをしてほしい。その結果をみて、君たちの合否が決定する。能力が一定以上ないと判断された者は、この学校に入学する権利がない。その事を肝に銘じ、万が一失格となったとしても逆恨みなどないように。以上。では名前を呼ぶので、奥の部屋に呼ばれた者から入る事。最初は──」


 先生は名前を呼びながら、ふらふらと立ち上がると部屋の隅の方にある扉の方へと歩いて行った。そしてその扉を開き、奥へと入って行ってしまう。

 名前を呼ばれた生徒は慌ててそれに付いて行き、恐る恐ると言った様子で扉の中へと入って姿を消した。

 最初って、なんか嫌だよね。でも中でどんな事が行われているのか分からないので、最初も最後も同じようなものだ。その辺は公平性を期すために気を遣われてるのだろう。

 でも今、先生と名前を呼ばれた人がくぐった扉、何か魔法がかけられている。魔法の光を目に見たので、間違いない。その魔法がどんな魔法かを判断する力は私にはないけど、魔法をかけられた扉をくぐるのはちょっと嫌だな。緊張してしまう。


「順番が来るまで、少し時間がありそうですね」

「そうだね。少し座っていたい所だけど……この部屋イスも何にもない。気がきかない」

「あ、なんでしたら私がお姉さまのイスになりますよ。座り心地が悪いかもしれませんが、どうぞお寛ぎになってください」

「そういうの、いいから」


 いいアイディアみたいに言ってくるシグレが恐ろしい。どこの世界に、妹をイスとして扱う姉がいるのさ。シグレの上に座るくらいなら、地面に座るよ。


「き、君!」


 とそこへ、どこぞの貴族の御曹司様が私たちに歩み寄り、話しかけて来た。


「うげっ」

「……」


 私は思わず嫌そうな声を漏らし、シグレは咄嗟に私を背に庇って男の前に立ちはだかってくれる。頼りになる妹の背中に隠れた私は、見つかっているだろうけど見つかっていない体で、男から顔を隠してやり過ごす事にした。


「……さ、さっきはありがとう。君が声をあげてくれて、嬉しかった。ただそれを言いたかっただけなんだ。でもできれば、名前くらい教えてもらえないか?それでどうかしようという訳じゃない。ただ、君の名前を知りたいだけなんだ。ちなみにボクの名前は、サリエル」

「お姉さまは男性が苦手なんです。だから貴方に名乗る事はできません。残念でしたね」


 頭を低くした様子でそう言ってくる男。サリエルに対し、シグレは冷たく言ってあしらおうおとしてくれている。

 私のためにそう言って追い返そうとしてくれているんだろうけど、サリエルは先ほどとはかなり様子が違う。その声から自信を感じないし、高圧的な態度も感じない。そんな彼になら、名前くらいなら教えてあげてもいいだろう。


「……シェスティア」

「お、お姉さま!?」


 シグレの背に隠れたまま、私は自分の名前を口にした。


「あ、ありがとう、シェスティア。素敵な名前だ。君のように美しい女性にふさわし──」

「名前を聞くだけ、なんですよね?そういうのはあちらでお一人で言っていてください。貴方がそこにいる限り、お姉さまの気が休まりません」


 シグレはそう言ってサリエルの言葉を遮り、強制的に私から遠ざけた。本当に出来た妹で、助かるよ。

 試験を受ける前にそんな出来事があった訳だけど、平和的に解決して良かった。あとは自分たちの番が来るまで、おとなしく待っていよう。


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