呪術
新しく出来た妹は、エリシュさんの指示でお風呂へと連れていかれた。張り切ったルナさんに連れていかれ、メイドさんも立ち去ったのでこの応接間には私とエリシュさんの2人きりとなる。
「──あの子にかかっていた呪術に、何故気が付いた?」
「じゅ、じゅじゅちゅ?」
2人きりになってから、黙って煙管から煙を吸ったり吐いたりしていたエリシュさんにいきなり尋ねられ、言い返して噛んでしまった。
恥ずかしくなるけど、ここはスルーしておく。
「なに、それ?」
「あの子にかかっていた魔法だよ。君が私たちの目の前で解いたんじゃないか」
「……ああ。アレの事か」
確かに私は、シグレの首筋で光っていた黒い魔力を、打ち消した。
て、やっぱり気づいていたんだね、この人は。
いやそれよりも、呪術ってなんだろう。凄く物騒に聞こえるんだけど、私だけかな。
「あの呪術は、恐らくあの子の行動に制限をかけていた。逃げたら死ぬ。呪いをかけた人物の事を話したら死ぬ。呪いの事を他人に話しても死ぬ。君に妹だと否定されても死ぬ。そんな所か」
私に妹である事を否定された直後の、シグレを思い出す。あの、まるで自分が死なない事が不思議そうな態度の理由が、エリシュさんによって解説された。
そしてやっぱり、とても物騒な物のようだ。なにその恐い魔法。絶対にかけられたくないんだけど。
「どうしてシグレに、その……呪術がかけられてたの?」
「それは、彼女に呪術を施した者に聞かなければ分からない。が、不思議だ。犯人は君をこの私が預かり、この家に来る事を知っていたとしか思えない。そもそも君に妹を作って何になる。君が見ず知らずの子を、妹だと受け入れるはずがないだろう。君が呪術に気づかなければ、あの子は死んでそれで終わりだった。とてもではないが、意味のある行動とは思えない」
「……呪術って、誰でも使える魔法なの?」
「闇属性の魔法だ。使い手はかなり限られる。更に、君がこの家に来る事を知っているような情報通は、更に限られてくる」
「じゃあ、解決?」
「……」
どうやら、そうでもないらしい。エリシュさんは黙り込み、否定も肯定もしなかった。
「もし仮に、私が想像する人物がシグレを送り込んできたのなら、それは由々しき事態だ。私はアレと、関わりたくない。関わるべきではない。だが……」
そこまで言って、エリシュさんは黙り込んでしまった。
関わりたくない人物が関わって来ようとするのって、嫌だよね。私も前世でクラスメイト達に、文化祭の出し物とかで意見すると、嫌そうな反応をされた。強制的に無茶な意見を通したけど。そして滅茶苦茶になったけど。
「で、どうして君は彼女にかけられた呪術に気づいたんだ?アレは、とてもではないが並大抵の魔術師が見つけられるような魔法ではない。むしろ、見つけられないように出来ている。気付く事自体がおかしいんだよ」
「え、ちょっ……」
エリシュさんがそう言いながら、私に歩み寄ってきた。どんどんと迫ってくるエリシュさんに対し、ソファに座った状態の私はソファの端に寄って逃げ、だけどすぐにソファの手すりにぶつかって逃げ道を塞がれた。
そんな状態になってもエリシュさんは迫って来て、ソファに足を掛けると私の顎を片手で掴み取り、顔を背けられなくされた上で自らの顔を私のすぐ目の前まで持って来た。
「白状したまえ。君は何故、呪術に気が付いた?」
目の前に、エリシュさんの顔がある。髪の毛がかかっていない片目は怪しく光り、その目には可愛く美しい自分の姿が映っている。それくらいの距離に、エリシュさんはいる。
ここでもし嘘をついたりはぐらかそうとしたら、何故か唇を奪われる気がする。この人の目つきと、何故か楽しそうに歪んでいる色っぽい唇と、少しだけ赤くなっている頬が、自分の唇を守れと警告しているのだ。
唇だけで済めばいいよ。私はルナさんに襲い掛かっているエリシュさんを思い出し、自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。
「言えないか。なら──」
頭の回転が止まり、口を閉じたままの私にシビレを切らしたのか、エリシュさんの手が私の胸のあたりに向かって伸びてきた。
あ、コレ襲われる。そう思い、真っ赤に沸騰した思考が追いついてきて、抵抗しようとした時だった。
「さすがに幼女に手を出すのは、どうかと思います」
いつの間にか部屋の中にルナさんがいて、そう言った。見れば、音もなく扉が開かれていて、全く気付かなかったよ。一体いつからいたんだろう。
「ただからかっていただけだよ」
「……」
ルナさんは、軽く笑いながら私から離れたエリシュさんに対し、ジトっとした目を向けている。
本当に、ただからかっていただけなのか。目でそう訴えているようだ。
ちなみに、迫られていた私の意見だけど、たぶん本気だった。だって私って可愛いし、我慢できずに襲いたくなってしまう気持ちは凄くよく分かる。例え相手が同性だろうと、誘惑してしまう。私は自分の容姿が恐ろしくなってきた。
「そんなにいじけるな。昼間の続きは、今夜、ね。だから、それまで我慢だ」
「っ……」
エリシュさんはルナさんの耳元で、囁くように言った。昼間の続き。つまり、あの続き……。
私は耳まで真っ赤にするルナさんを見て、慌てて目を逸らした。大人の世界は、私にはまだ早すぎるよ。
「ところで、あの子の様子はどうだい?」
「こほん。おとなしくて、とてもいい子です。今は他のメイドに任せ、お風呂に入らせています。……既に察しているかもしれませんが、あの子は間違いなく奴隷です。何者かが買い、送り込まれたと推測されます。他の情報については、今は本人に問う段階ではないと判断して触れていません」
「うん。今はそれでいい。衰弱しているようだから、しっかりと栄養もとらせるようにしてくれ」
なんだかんだと言って、エリシュさんはシグレを心配しているようだ。
今だから分かる。シグレを殺すとかそんなつもり、エリシュさんには元からなかったと思う。
じゃあなんであんな判断を私に迫ったかというと、私を試したかったからというのが一番しっくりくる。シグレをどうするかじゃなくて、私がどうするかを、あの人は見ていたんだ。
その事に気づいたら腹がたってくるけど、もうちょっとの辛抱だ。
実は私、おとなしくこの家に住むつもりはない。今夜あたりにでもこの家を抜け出して、1人でなんとかやっていこうと思っている。計画なんて、なんにもない。ただの思い付きで、上手くいくかどうかもわからない。でも私はやる。パパとママがいなくなってしまった私には、もう失う物なんて何もないから。だから、どんな手を使ってでも、1人でメグルを探し出す覚悟だ。
この家を抜け出してからエリシュさんに向かって、『おとなしくついていくと思った?残念でしたっ。私は1人でやっていきまーす。ぷすす』と、笑うのが楽しみだよ。
「──こちらが、お嬢様のお部屋となります」
それからしばらくして、私はルナさんにお屋敷の一室へと案内された。ここは2階の角部屋で、階段からは遠いけどその分窓が多く、風景と日当たりがよさそう。でも日はもう沈んでしまっているので、明るいときに実際見てみないと分からない。
部屋の広さは、まぁ広いよね。大きなセミダブルベッドに、柔らかなマットレスと真っすぐ伸ばされたシーツ。何着もの服がいれておける、大きなクローゼット。床の上には高級そうな絨毯が敷かれていて、踏むのがもったいなく感じて思わず避けて歩いてしまう。前の世界ではまずしなかった行為だけど、この世界に来てからそういう所は貧乏くさくなってしまったと思う。それが良い事なのか悪い事なのかは、判断に困るね。
そうして部屋を見ていると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
その扉に向かってルナさんが答えると、扉が開かれてシグレが入ってきた。




