家出
顔の半分以上を覆う前髪は、先ほどと同じ。だけどその髪には艶が復活していて、真っすぐでキレイになっている。身体もキレイになり、服も着替えて全体的に見違えている。
服はロングスカートの、清楚なお嬢様に見える物だ。手首や足首には赤い痕が残ったままだけど、全体的にキレイになったおかげで先ほどの服装よりは気にならない。
ただ、やっぱり目立つには目立つよね……。まぁその内キレイに消えると思う。ただの痕だし。
「っ……!」
私の姿を見た彼女は、嬉しそうに私の方に小走りで寄って来ると、傍に立った。
「お、お姉さま。お風呂、入りました」
「うん、良い匂い。気持ちよかった?」
「はい!とっても!」
シグレの髪や体からは、石鹸の良い香りがする。あの汚い格好からは想像もできないくらい、キレイで可愛い女の子になったと思う。
改めて見る彼女の容姿は、懐かしい物に感じる。というのも、前世の世界。そこで過ごしていた私の国の人々と、同じような顔立ちと髪色だからだ。のっぺりとしたその顔と黒髪は、まさにその国の人間のよう。
そう思いながら、私はシグレの前髪に手を伸ばした。そこには当然目があって、彼女よりわずかに背の高い私を上目遣いになって見つめていた。
「……お姉さま?」
「……」
私はその目を見て、固まった。
そこにあったのは、くりくりとした大きな瞳だ。その目が私を見上げているのを見ると、思わず抱きしめたくなってしまう。
私はシグレに小動物的な魅力を感じ、その沸き上がってくる欲求を抑え込むために黙り込む。黙らなければ、今すぐにでも抱きしめて頭をナデナデしてしまうだろう。ガマンガマン。
「お疲れ様です。あとは私にお任せください」
シグレを連れてきた他のメイドさんに、ルナさんがそう声を掛けると、メイドさん達は退散。部屋には私とルナさんに加え、シグレの3人となる。
「こちらが、シグレ様のお部屋です。シェスティアお嬢様と共有なので、仲良く使ってくださいね」
「は、はいっ。ありがとうございます、ルナ様」
「……様はいりませんと、先ほども言ったはずです」
「あ……ご、ごめんなさい」
「謝る必要はありません。少しずつ、慣れていきましょう。私も他のメイド達も、貴女の身の回りのお世話をさせいただく立場なのですから。だから、堂々としてくだされば、それだけでいいのです」
よく考えれば、私ってこの家にとってどういう扱いなのだろうか。エリシュさんは私の身柄を預かると言っていたけど、娘ではない。かと言ってこの家で働くメイドさんではないので……客人?客人の妹と言う事なら、シグレも厚遇されてしかるべきである。
その客人の妹が、お屋敷の使用人に対して様付けで呼ぶのは、確かにとても不自然だ。だからルナさんはそれを止めさせようとしているんだね。納得がいった。
でもシグレはそういう環境で育ってきてしまったからか、様をつけて呼ぶのに馴れてしまっているようだ。きっと他のメイドさん達にも、同じようにしてしまっているんじゃないかなと思う。
「あ、あの、ところで、共有という事は、私とシグレは一緒にこの部屋に住むっていう事だよね?」
「そうなりますね。何か不満でも?」
「……」
私の問いに、当たり前のように答えるルナさんと、心配そうに私を見つめるシグレがいる。
別に、シグレと一緒にこの部屋を使う事に、不満がある訳ではない。私は今夜この家を抜け出すつもりなので、2人だと都合が悪いだけだ。都合を考えれば、1人が理想的。
かと言ってここで不満ですと言ったら、シグレを傷つけてしまう。この少女を傷つけるのは、私としては不本意だ。そんな事をしてまで自分の都合を優先したくはない。
「な、ない。いいよ、シグレと一緒で。よろしくね、シグレ」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします、お姉さま」
「くっ……」
笑顔でお姉さまと呼ばれると、これまた破壊力が高まる。
沸き上がる欲求を抑え込みながら、私はこの子の幸せを祈った。ここまで、どんな人生を歩んできたのかは知らない。だけど、この家でエリシュさんの下にいれば、この子の生活は良くなるはずだ。頑張れ、シグレ。世界は広くて、何が起こるか分からないようになっているんだよ。その中には良い事もたくさんある。
「……?」
「……」
シグレの肩を叩きながらそう思っていると、シグレが首を傾げてくる。いちいち仕草が可愛いな。
その一方で、ルナさんが私の事を流し目で見つめていた。
「なに……?」
「いえ、なんでも。では、私は失礼いたします。夕食の時間になりましたらお呼びしますので、それまでどうぞお二人で寛いでいてください」
「はい。ありがとうございました」
去っていくルナさんに対し、シグレはペコペコと頭を下げて見送った。
部屋に残されたのは、私とシグレの2人。とりあえず私は部屋を改めて見てみると、ベッドが1つしかない事に気が付いた。2人で使うんだよね?ベッドが1つっておかしくない?
「わ、私は床で寝るので平気です!」
私が思っている事を察したのか、シグレがそんな事を言い出した。妹を床で寝かせ、自分はベッドで眠る姉……想像しただけで最悪だ。
「二人で使おう。ベッドは広いから、それくらいの余裕あるから大丈夫」
「ふ、二人で!?お姉さまと!?はぅ……!」
私の提案を聞いて何を想像したのか、シグレは顔を真っ赤に染めて照れ始めた。
私とシグレは、姉妹だ。エリシュさんとルナさんのような、いやらしい関係ではない。ベッドで一緒に寝るくらいなんともないよ。
というかむしろ、姉妹なんだからそれくらい普通だ。実際メグルとは、そんな感じだった。だから、メグルと同じように寝ぼけて抱き合って眠ったりしても、仕方がない。
……あれ?私は一体、何を考えているんだろう。シグレは確かに魅力的な子だと思うけど、自分から抱きしめて眠るのを想像するとか、さすがにおかしいよ。というか、気持ち悪い。さっきは目を見て抱きしめたくなったし、もしかして私……妹好きだったのかな。
せっかくできた妹だし、できればこれから彼女の事をじっくりと知っていきたいと思うけど……ダメだね。この子には、この家で幸せになってもらいたい。
私は恥ずかしがるシグレの頭を撫でると、シグレの顔がもっと赤く染まった。
それから、美味しいご飯をシグレとエリシュさんにルナさんと共に食べ、お風呂に入って寝支度を整えてから私とシグレは同じベッドに潜り込んだ。
今日一日、色々な事があったな。布団に入って今日の出来事を暇つぶしがてら振り返りつつ、しばらくの時間が経過した。できればこのまま眠りにつきたいけど、でも眠っている暇はない。
私は隣で寝息をたて、気持ちよさそうに寝ているシグレの顔を見てこの子の幸せを祈りつつ、作戦決行のためベッドを抜け出した。
暗い部屋の中でパジャマから普段着に着替えを済ませ、それから扉を開いて廊下へと出る。廊下も灯りはなく、静まり返っていて人気はない。
「──あ、んっ。や、あ」
廊下をしばらく進んで行くと、声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。だけど、普段聞くよりも高くうわずっていて、その声の主に確信はもてない。
一応音をたてずに進み、その声が段々とハッキリと聞こえてきて、ようやく確信をもてた。とある部屋の一室の中から聞こえてくるその声は、ルナさんの声だ。とても色っぽい、出したくて出している訳ではなく自然と出てしまう声で、そんな声を出して扉の向こうで何をしているのかというと、昼間の続きをしているのだ。エリシュさんの楽し気な声も聞こえてくるので、間違いない。
女の子同士で、一体どんな行為に及んでいるんだろう。きっと私が想像もできないような、昼間みたあの光景よりも激しい事をしているはずだ。興味ある。覗いてみたい。私はそんな好奇心を振り切ると、扉の前を通過してこの広い家を後にした。




