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広い世界


 少女は、死んでいない。死ぬ要素がここには全くないから、当然と言えば当然だ。

 それなのに少女はしきりに不思議そうにしている。まるで、自分が命を落とす事を悟っていたのに、その時が訪れなかった時のようなリアクションだ。


「ふぅー……」


 その様子を見ていたエリシュさんが、煙管を口に咥えて大きく煙を吐く。

 何か考えを巡らせているようで、私達から目を逸らすとどこか遠くを見るような目になった。


「ほ、ほら、立って。死ぬとか、なんかよく分からないけど……貴女は生きてるよ。死んだりなんかしない」

「……」


 私は少女に手を伸ばすと、少女は私の手を取った。それを確認して引き上げると、少女が立ち上がったので一旦その身体を支えてあげる事にする。


「ご、ごめんなさいっ」


 すると何故か、少女が謝って来た。

 そして私から離れようとして来たけど、気になって腕に力をこめて逃げられないようにする。少女を力強く抱きしめる形となったけど、気にしない。だって女の子同士だから、気にする必要がないのだ。


「どうしたの?」

「わ、私、汚いです」

「身体の汚れの事?別に気にしなくていいよ。いいからちゃんと立って」


 私がそう言うと、少女は抵抗をやめておとなしくなった。それを確認してから手を離すと、不思議そうに私の方を見て来る。

 でもね、不思議そうにしたいのはこっちだよ。さっきからこの少女は不思議そうに私の方を見てくるけど、私の方が不思議だ。この子の行動の1つ1つが、謎過ぎる。


「エリシュ様。この方がシェスティアお嬢様の妹さんでない事は確定いたしました。それで、この子はどう致しますか?」


 黙り込んでしまったエリシュさんに判断を促したのは、ルナさんだ。

 ルナさんは、ソファに座ったまま呑気にお茶を飲みながらそう言ってから、コップを置いた。かと思いきや、今飲んでいた物は飲み干したのか、もう1つあるお茶に手を伸ばしている。それ、私の分だよね?この人自由過ぎだよ。


「……シェスティア。君は、どうしたい?」

「……はい?」

「その子が妹ではない事は分かった。で、どうしたい?」

「……」


 それを私に聞く理由が、よく分からない。この子は妹ではない。それで私の話は終わりだ。この子をどうするかはエリシュさんが決める事だろう。私とは全く関係がないのだから、私の役目ではないよ。

 じゃあどうするか。

 ……元の場所に、帰らせるとか?いや、それは無い。絶対にない。だって、この子の姿を見てよ。ろくな扱いをされていなかった事は、明白だ。かといって、自由に生きてねと言って解放するのもどうだろう。この子は私と同じか、それ以下の年齢だ。そんな子に、1人で生きてねバイバイ、は酷すぎる。


「そんな事、私に聞かないで」


 考えた末に出た答えが、コレだ。


「そうか。では私が決めるとしよう。そうだな……。殺すか」

「はぁ!?」

「っ!?」


 私は驚いて声をあげ、咄嗟に少女を背中に庇うようなリアクションをとってしまったよ。少女もビクリと身体を大きく震わせた。


「なんで、そうなる訳!?この子がそこまでされる程悪い事をした!?」

「私の判断を述べたまでだ。この子は嘘を吐き、私たちを欺こうとした。見た所、奴隷だね。誰かに買われた上で命令され、ここに送り込まれたのだろうけど、その命令に従った罪は重い。だから殺す」

「そ、そんなの極端すぎるよ!」

「コレが私の判断だ」


 エリシュさんに任せれば、この子は殺される。それは嫌だ。私とは関係のない子だけど、私が妹だという事を拒否したせいで殺されてしまうのは、あまりにも寝覚めが悪すぎる。なによりも、もう誰かが死んだりとかそういうのは御免だ。

 でもエリシュさんはまだ、自分の判断を述べただけだ。私がこの子の処遇を判断する権利を、残してくれている。そうさせたくなければ私に判断しろと、暗にそう言っているのだ。


「……分かった、私が決めるよ。でも、私の判断に絶対に文句を言わないで、おとなしく従って」

「言わないよ。言ってごらん」


 私の言葉を受け入れたエリシュさんに対し、私は笑った。コレで彼女をどういう扱いにしても、文句を言う事はできない訳だ。


「ふぅん、そう。文句、言わないんだ。私が何を言っても、絶対に。じゃあ、こうする。この子を私の妹として迎え入れ、私と同じように扱って」

「ははは!」

「っ!?」


 それは、予想外の反応だった。私はってきり、エリシュさんが困って戸惑うと思っていた。でも違って、エリシュさんは笑ったのだ。それも大きく高笑いをあげたのだから、逆にこちらが戸惑う事となってしまう。

 せっかく、エリシュさんに一泡吹かせてやろうと思って言った事なんだけど、その作戦はあえなく失敗。カウンターをくらう形となってしまった。悔しい。


「いいよ。その子は今この時から君の妹だ。そのためにはまず、その身なりを整えなければいけないね」

「ふぇ!?い、いや、でもこの子の事情もあるし、それはもうちょっと考える必要があると思います!」

「ないよ。もう決まった事で、覆す事はできない。それともなにか?君は今自分で言った言葉を、無かった事にするつもりなのかい?でもおかしいよね。君は先ほど私に向かい、自分の判断に文句を言うなと言った。私は言われた通りに従おうとしているだけだ。それなのに、自分の判断はコロコロと変える。そんな人間なのかな、君は?」

「くっ……!」


 痛い所を突かれ、私は歯噛みした。この人は私より数枚上手だと、嫌でも認識させられる。そんな相手の虚を突こうなど、百年早かった。

 おかげで今この場で私に、妹ができようとしている。いや、自分が言い出した事なんだけどね?ただこの人が困る顔が見たかっただけなんだよ。

 私は少女を見て、そして肩から力を抜いて脱力した。もう何を言ってもダメだ。


「……なる?私の妹に」


 力なく少女に尋ねると、少女は涙を目から零し、しかしニコリと笑いながら私に向かって口を開く。


「はい……!私を貴女の、妹にしてください。お姉さま」


 ここで断られれば、この話は終わってなかった事にできた。でも少女は受け入れてしまった。私の妹になると、凄く良い笑顔で言ってくれたんだ。その目は相変わらず髪で隠れて見えないし、涙を流した理由は分からないけど、嫌がってはいない。

 ならばもう、いいよ。覚悟を決めよう。元々私が言い出した事なんだから、ここまできてさすがにやっぱりナシでなんて事は言わない。


「はぁー……」


 私はながーいため息を吐いた。

 殺され、異世界にやってきて、そこで家族を失ったと思ったら攫われ、妹が出来て、世界って何がおこるのか分からない。本当に、世界って広くて無限だ。


「貴女の名前は?」

「し、シグレと言います」

「シグレ。シグレちゃん。しーちゃん。……シグレでいいか」


 一通り名前の呼び方を考えて、結局はそれに収束した。


「私の名前は──……て、言う必要もないと思うけど、シェスティアね。まぁその……なんていうか……よろしく、シグレ」

「はい!よろしくお願いします、お姉さま!」

「……」


 1つ気づいた事があるんだけど、お姉さまって呼ばれるのヤバイ。なんかこう……凄いよ。破壊力がある。

 こうして私に、妹が出来た。元々はエリシュさんを出し抜くために出た言葉だったけど、後悔はしていない。


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