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お屋敷


 馬車から身を乗り出した先に見えるのは、石の壁だ。大草原に、まるで自然の一部かのように佇むその姿は、壮大で圧倒される。その石の壁の向こうは背後の山の傾斜を利用し段々と高くなって行っているようで、街並みが石の壁を越えて見えて、頂上には立派なお城が建って周囲を見下ろしている。

 お城は、見た事がないくらい立派な物だ。これ、何階建てなんだろう。というか、こんなに高く作って大丈夫なの?地震で崩れたりしない?と、心配になるくらい大きい。まるで剣のように天に向かって飛び出す塔と、それらに囲まながら太陽の光を反射する、巨大な水晶。よく見たらこの水晶、浮いてるね。一体どういう仕組みだろう。

 これぞまさに、異世界という感じだ。生まれてから村を出た事のない私にとって、このお城と城下町の風景は、あまりにも衝撃的で、私に新たなこの世界を教えてくれた。

 そこでようやく気付いたんだけど、この馬車を引いているのは馬ではない。というか、なにも引いていない。私たちが乗っている客室しかないこの馬車は、自動で車輪を回し、自動で走っている。どうやらこれも、魔法の一種のようだ。よく見ればエリシュさんの足元から、魔力の光が流れて床へと続いている。


「……ほう」


 その魔力の流れを目で追っていたら、エリシュさんが何か意味ありげに呟いたので、慌てて追うのを止めた。追及されたら面倒だからね。

 それから、石の壁の近くまで達したこの馬車は、その足を止める事なく壁へと向かっていく。壁の前には人々の長い行列が出来ているんだけど、その行列を無視だ。行列の横を通り過ぎ、堂々と壁へと向かっていく。

 窓から様子を伺うと、行列の原因は検問だった。鋼の鎧を身に着けたイカつい顔つきの兵士が、訪れた人から書類を受け取ったり、荷物を検査している。かなり厳しい検問のようで、中に入る事を許されず、追い返されている人もいるようだ。


「ふぅ……。イスに座り、おとなしくしているんだ」


 エリシュさんに煙を吐きながら言われ、私は外を見るのをやめておとなしくイスに座りこむ。

 でも、時折外から聞こえてくる男の人の怒鳴り声に、ビクリと身体を震わせた。

 やがて馬車が止まったと思ったら、馬車の扉が激しくノックされるのと同時に男の人の声が聞こえてきた。私はみっともないくらいに驚き、震え出す身体を縮こませて様子を伺う。


「お顔のご確認だけ、お願いいたします!」

「どうぞ、お開けください」


 その声に答えたのは、ルナさんだ。答えるのと同時に扉のカギが自動的に解かれ、その扉が開け放たれた。


「……」


 沈黙が、流れる。私は下を見ているので、状況が分からない。けど、扉を叩いて扉を開いた男の人は、中には入ってこないようで安心する。


「……早くしてくれ。私の気が短い事は、知っているだろう?」

「し、失礼いたしました!どうぞ、お通りください!」


 エリシュさんの、少し低めのドスの利いた声が聞こえたかと思うと、男の人の慌てた声が聞こえて、そして扉が閉じられた。慌てたのか扉は勢いよく閉められ、大きな音に驚かされたよ。

 そして再び動き出した馬車に連れられて、私たちは石の壁の大きな扉をくぐり、町の中へと踏み入れた。

 踏み入れた石の壁の中は、大勢の人で賑わっていた。それこそ、村の市場なんて目じゃないよ。整備された道幅のとても広い大通りに、所狭しと並んだ出店と、そこを行きかう人と馬車。人の数も、お店の数も、建物の数も、市場の倍以上。10倍くらいの規模があると思う。

 しばらくその大通りを突っ切っていくと、やがて交差点を左折して少し狭い道に入る。そこから右へ左へと複雑な道を進んでいき、一軒のお屋敷の前で止まった。

 止まるのと同時にルナさんが立ちあがると、扉を開いて地面へと降り立つ。それを見てエリシュさんも扉をくぐって馬車を降りたので、私も恐る恐る馬車から地面に降り立った。


「長旅ご苦労だったね。ここが私の家だ。今日から君の家でもある」


 降り立ったところでエリシュさんに紹介されたお屋敷は、周囲の家よりも一回り大きい。鉄柵で囲まれていて、庭も広い。村で1番大きかった家よりも、更に大きいね。というか、家の作りからして違う。村の豪邸は木が主だったけど、このお屋敷は石造りで、頑丈そう。

 どうやらこの人、中々のお金持ちのようだ。検問の時の様子からも、権力者であると見受けられる。


「シェスティアお嬢様」


 ルナさんに名前を呼ばれて気づいたけど、エリシュさんがそそりたつ門柱によって支えられている門扉をくぐり、敷地の中へと入って行ってしまっている。彼女はさっさといってしまったけど、ルナさんはお屋敷を眺めて夢中になっていた私を気遣い、残ってくれていたようだ。

 慌ててエリシュさんの後を追ってすぐに追いつき、速足だった足をエリシュさんに合わせて歩いて行く。後ろからはルナさんも追いついてきて、上品な歩き方でついて来た。


「おかえりなさいませ、エリシュ様」

「ただいま。変わりはなかったかい?」

「それが──……」


 お屋敷の入り口の前に、メイドさんが立っていて私たちを迎え入れてくれた。

 内容は聞こえなかったけど、エリシュさんと軽く立ち話をしてからメイドさんが扉を開け放つと、エリシュさんはお屋敷の中へと入っていく。それに私とルナさんも続いて入っていくんだけど、中にはもっと大勢のメイドさんがいて、私たちに向かって頭を下げていた。

 それには驚いたには驚いたけど、元居た世界でもっと大勢の人を雇っていた私の家を思い返せば、大した人数ではない。それに、お屋敷の規模を考えればこれくらいの給仕がいなくちゃ困る。普通だね。

 それより気になるのは、ここにいる全員が女の人だという事だ。ルナさんと同じデザインのメイド服を身に着け、皆が皆でそれぞれ美しく、男の人なら鼻を伸ばして喜びそうな絶景が広がっている。

 まさか、女の人しか雇っていないとか?だとすると、ここ天国なんですけど。けど、そんな訳ないよね。


「まったく、いちいち皆で出迎えなくても良いと言っているのに、困った子達だ」


 そういうエリシュさんだけど、全く嫌そうではない。メイドさん達も、帰ってきたエリシュさんを見て皆良い笑顔になり、エリシュさんが悪いご主人様ではない事を物語っている。

 そんなメイドさん達の間を通り抜け、エリシュさんはまっすぐ、玄関の先にある階段へと向かった。


「とりあえず、応接間に行く。皆は仕事に戻ってくれ」


 エリシュさんの指示があり、出迎えてくれたメイドさん達は解散。数名のメイドさんが2階へとあがっていく私たちについてきて、エリシュさんは私たちを引き連れて歩いて行く。

 そして辿り着いたのは、広めの部屋だった。まるで学校の校長室のようなその部屋は、奥に机と大きめのイスが設置されており、その前には対面するようにして2つのソファが置かれている。

 こういう部屋、家にもあったなぁ。勿論前の世界で。そしてそこはもっと広かった。無駄に広くて、スペースが余りまくりだった。今思えば無駄すぎて、これくらいの方がいいと思える。


「さて。改めて我が家へようこそ、シェスティア。君は今日からここで暮らす訳だけど、何か感想はあるかい?」


 エリシュさんは部屋の奥の大きなイスに座り、足を組んで煙管を口に咥えると、早速その先端に火をつけて煙を吐いた。


「まぁとりあえず、お座りください。お茶をお願いしますね。冷たいやつを、三つ」


 一方でルナさんが、ソファに座りながらメイドさんにそう声をかけた。

 一応この人も、メイドさんだよね。メイドさんがソファに座り込み、メイドさんに飲み物を要求しているよ。いや、別に良いんだけどね。

 私もソファに座り込んだルナさんにならい、ソファに腰かける。ソファは数人が座れるくらいの大きさなんだけど、あえてルナさんの隣には座らず、もう1つのソファに座ってみた。ルナさんはソファの端に座り、私はソファのど真ん中にどかりと座り込んでソファを広々と使わせてもらう。

 こういうのに、性格って現れるよねと、ふと思った。だけど今更ソファの端に座りなおすのもどうかと思うので、このままで行こうと思う。


「ひ、広くて、良い家だね。あんなに大勢のメイドさんもいて、もしかしなくてもお金持ちみたいで羨ましい」

「お金か。確かに、金はそこそこある。だから君には不自由させない自信がある。だが、タダで何の不自由もない生活をさせる訳にはいかない。物事には相応の対価が必要なのだ。分かるかい?」

「わ、私に働けと?」


 ゆるりと過ごせとか言って来たくせに、いきなり雲行きが怪しくなる事を言われて戸惑う。そもそも私は子供だ。子供にいきなり知らない地で働けと言うのは、酷だと思う。


「君はまだ子供だ。子供は知る事が仕事となる。だから、教育を受けてもらう。それが君に課された、この家で暮らすための条件だ」

「……」


 思ったより、普通の事を言われてしまった。

 一瞬子供を働かせる悪党のイメージ図が浮かんだけど、そんな事はないみたいで安心したよ。


「それから君に一つ、尋ねたい事がある。君に妹はいるか?」

「……はい?」


 続いて投げかけられた質問の意図が分からず、私は首を傾げた。


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