大悪党のおばさん
メイド服の女性が私に差し出して来たのは、花の形の髪飾りだった。
銀色に輝くその髪飾りは、私とパパとメグルの3人で、ママの誕生日にプレゼントした物だ。花は私が前の世界で見知った物をデザインしたんだけど、そのモデルは牡丹の花だ。この世界に存在するかどうかは分からない。でも私にとってママは牡丹の花のように美しく、優しい女性だから。憧れの意味もこめて、そのデザインを選んだ。
あの日はママの涙が止まらなくなってしまったので、ラッピングを解く事無く過ごし、その後は野盗達の襲撃によってそれどころではなくなってしまった。家と共に焼けてなくなってしまったのだと思っていたけど、コレをどうしてメイド服の女性が持っているの?
私が疑問の目を彼女に向けると、口に出さずとも語り出してくれた。
「貴女の母が亡くなった時、身に着けていた服の中から見つかったみたいです。アグネスタさんという女性がそれを発見したのですが、傷心した様子の貴女に渡しそびれていたのだとか。それなのに、我が主は構わず渡せと」
「人を鬼畜のように言うのはよしたまえ。……この作り物には、製作者だけではなく彼女を大切に想う人の気持ちが籠められているんだ。そんな大切な物を眠らせておくのは、もったいない。だから、すぐに渡すべきだと思ったのさ」
「……」
そう。この髪飾りには3人の想いが籠められている。
私は一度はなくしたと思ったその髪飾りをメイド服の女性から受け取ると、大切に胸に抱きかかえた。
すると、自然に涙が溢れ出して来た。嗚咽は出ない。静かに出始めた涙は、大粒だ。
「貴女は……パパとママのなんなんですか?」
「君の両親。ひいては母であるサラは、私にとっても大切な存在だった。ただそれだけだよ」
煙の女性は、答えを微妙に濁した。
答えてくれないのなら、まぁ別に良い。そこまで気になる事でも、問題になる事でもない。たぶん。
「それじゃあ、メグルという子を知っていますか?」
「知っている。だが、その名は口にすべきではない。それが彼女のためになるという事を、君は理解しておくべきだろう」
「ど、どうして!?メグルは一体、どこに行っちゃったの!?」
「君がその名を口にしなければ、彼女は生きていられる。だがもし口にすれば、死ぬ可能性がある。それを肝に銘じたうえで、口にするかどうか考えるんだ」
「っ……!」
煙の女性に睨まれ、私は背筋がゾッとした。
彼女は本気でそう言って、私に警告している。私にメグルという名を口に出させないよう、脅しているだけかもしれない。だけど、もし本当に私がメグルの名を口にする事で彼女に危機が訪れるというなら、慎むべきだ。
何故口にしたらメグルに危機が訪れるのか、理由も、本当なのかどうかも分からない。だけど確証がない今はおとなしくしておこう。そういう判断に至った。
今は、メグルは存在していて、生きていると言う情報を得られただけでいい。
「……村人たちが、彼女の存在を知らないと言い出した。仲の良かった人たちも、皆彼女がいなかったみたいに振舞って、その存在を消そうとしていたみたい。それと関係があるという事でいいんだよね?」
「関係ない訳がないね。村人たちも、彼女のために彼女の存在を消す事にしたんだろう」
「……分かった。分かったけど、私は彼女と会いたい。どこにいるのか教えて」
「それはできない相談だ」
「なんで……!」
「いや、正確に言えば私も知らない。少なくともあの村にはもういないだろうね。村人たちは行方も知らないだろうから、彼らに聞いても無駄だ。だが君が望むなら探してあげよう。だからそれまで、私の下でおとなしくしているんだ」
彼女の言葉は、まるで脅迫めいて私の耳に届いた。ただその言葉がとても重く、もしここで彼女の提案を断ったら二度とメグルと会えなくなるような気さえする。彼女は冗談で言っている訳ではない。本気だ。
「……お言葉ですが、エリシュ様。私にはまだ、言葉が足りないように思えます。このままでは貴女は、両親を失い傷心の幼女を攫った上で、追い打ちをかけるように幼女にとっての大切な子を人質にとる、大悪党のようになってしまいます」
「ふふ。それでも、この子に与える情報は、現状これ以上ない。大悪党けっこう。あとはこの子が決める事だ。拒否しても、強制的に連行するが」
煙の女性より、メイド服の女性の方がかなり現実を見て私の立場に立ってくれている。
そう。この煙の女性は私にとって、メイド服の女性が言った通りの人物だ。これ以上情報が与えられないと言うなら、そのままの人物で完結してしまう。
「……いいよ。ついていってあげる」
「良い子だ」
「よろしいのですか?」
「ええ。構わない」
私は座席にふんぞり返り、偉そうに足を組んでそう返した。その姿は、かつてのクソガキだった頃の私のようだと思う。両親に矯正され、消えたはずの私が出て来てしまってる。だけど、相手が大悪党だというなら話は別だ。
「ならば、話は終わりだ。ルナ、こちらへ。続きをしよう」
「しません……」
子供の前でアレの続きをし始めようとか、正気の沙汰じゃないよ。でも顔を少しだけ赤くして拒否したメイド服の女性は、やはりこちらの方が常識ができていて安心した。
「これ以上与える情報はないとか言ってたけど、名前を教えて。このままじゃ大悪党のおばさんと、メイドの女の人って呼ばなくちゃいけなくなるから」
「……」
ピキッと音がした気がした。それは自分が立っている床が抜ける直前のような、とても嫌な音だった。
気づけば煙の女性が煙管を咥えながら、ニコやかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。彼女は笑顔だけど、明らかに怒っていた。原因は私がおばさんと呼んだからだと思う。女性にとって、トップクラスで言われたくはない言葉を私はあえて選んで使った訳だけど、地雷を踏んでしまったのかもしれない。
いや、彼女は若くてとても美人の女性だよ。だけど私としても、誘拐犯に対してちょっとは報いたいわけで、それで言っただけなんだ。だからそんなに怒らないで欲しい。
「こほん。私の名前は、ルーナレウス。エリシュ様に仕えるメイドです。気軽にルナとお呼びください」
キレている煙の女性をよそに、メイド服の女性が咳ばらいをしてから、そう自己紹介してくれた。
「……私は、エリシュ。エリシュ・ベルハルト。呼び方は、好きにするといい。ただ……おばさん。或いはおばあさん的な呼び方をする事は、オススメできない。命にかかわる事だから、気を付けたまえ」
おばさんはともかくとして、この人をおばあさんと呼ぶ人なんていないだろう。
「わ、分かりました。……エリシュさん」
「……」
メイド服の女性。ルナさんが自己紹介をして空気を変えてくれたおかげで、彼女の名前を聞く事ができた。早速私が彼女の名を呼ぶと、ようやくその怒りに満ちた目を逸らして一安心。まだ不機嫌そうにはしているものの、コレでいきなり殺されると言う事態は避けられたと思う。
「私は、シェスティア・タラクティ」
「ああ、知ってる」
「名前の由来は──」
「シェスティア鉱石だね。知ってる」
「……」
自己紹介されたら、自分も自己紹介するのが礼儀だ。私は礼儀に従って名前を名乗った訳だけど、簡単に流されてしまった。だから知ったばかりの名前の由来も教えてあげようとしたけど、それも言う前に言われてしまい、軽く流された。
この人絶対に、まだ怒ってるよね。子供相手にねちっこい人である。
「では私はこれから、シェスティアお嬢様と呼ばせていただきます。今後は私が身の回りのお世話をさせていただく事になると思いますので、どうぞよろしくお願いします」
「うん。よろしくね、ルナさん」
久々に、お嬢様とか呼ばれたよ。懐かしい響きだけど、私は昔の私に戻るつもりはない。でもとりあえずは、優越感に浸らせてもらう。それも、すぐに終わるだろうけどね。
私は2人に見られないよう、口の端を上げてニヤリと笑った。その理由は、後々のお楽しみである。
「随分元気が出たじゃないか。最初は死人のような顔だったのに」
「……」
そういえば、そうだ。いつの間にか、流れ出ていた涙は止まり、元気が出ている気がする。心はまだ痛むけど、メグルと再会するという目的が出来た。その目的を果たすため、落ち込んでばかりもいられない。
パパとママの事を思い出し、再び涙が溢れそうになるのをぐっと堪えると、私は前を向いた。
「……何を企んでいるか分からないが、まぁいいだろう。ついたよ。この国、フェアロット聖王国が首都、レウザリットに」
おばさん改め、エリシュさんがそう言うので、私は馬車の窓から外を覗いてみた。そこに広がる光景に興奮した私は、すぐにその窓を開け放つと身を乗り出す。
それは、全てが始まった、あの日の始まりの朝のような行動だった。




