誘拐
気づいた時、私の身体は揺られていた。何かの乗り物に乗せられ、柔らかく上質そうな座席のクッションの上に座らされている。この世界の文明レベル的に、コレはたぶん馬車だと思う。車よりも振動は大きく、乗り心地はあまり良くない。
そんな馬車の中で、私は眠っていた訳ではない。単に意識が飛んでいて、戻ってきたら馬車の中だったんだ。それを眠っていたと言うんだろうけど、感覚的にはそうじゃないんだよ。その辺は何と言ったらいいか分からない。
「んっ、い、いけません……エリシュ様……」
「何がいけないんだ?詳しく教えてくれないか」
「ひっ、ん。こ、声が抑えられませんっ」
「別にいいじゃないか。声なんて思いきり出せばいい。君の可愛い嬌声を、たっぷりと聞かせてくれ」
「だ、ダメですっ。子供が、見ています……」
「恥ずかしがることはない。起きているように見えるかもしれないけど、この子の意識は煙の世界の中にある。家に帰るまでは平気だよ。だから……思いきり、ね」
「ひゃんっ!」
目の前で起きている出来事が、始めなんなのか分からなかった。でもよくよく見れば、物凄い光景がそこにある事に気が付く。
まず、あの煙管を咥えた煙の女性が、私の正面の座席にいる。座席は4人くらいが横並びで座れるくらいのスペースがあり、そこに四つん這いになって乗り、占有している形だ。そんな四つん這いになった彼女の下に、もう1人いる。こちらも女性で、金色の髪色をした女性だ。
彼女は黒い下地のドレスに、その上から白のエプロンを着こむと言う、所謂メイド服と呼ばれる服を身に着けている。ただ、その服が今は大きく乱れ、彼女の生足がスカートから覗けている上に、下着までもが露になっている。更に、胸のボタンが外されてその大きくみのった脂肪の塊を、露出させている。
そんな露になった場所を煙の女性がその手で蹂躙し、メイドの女性は時々身体を大きく跳ねさせたり、色っぽい声をあげたりしながら耐えている。という状況。
経験のない私だけど、コレがエッチな事だという事は理解できる。それも、この人たちは女の子同士で事に及んでいるのだ。私は恥ずかしくなって目を覆うけど、でも指の隙間からその姿を覗かずにはいられない。
「ん……んぅ!?あ、ああ、あの、エリシュ様……!」
その時、私とメイドの女性の目が合った。意識が戻って恥ずかしながらも2人の姿を見ている私に気づき、女性が慌てて煙の女性に、その事を知らせようとしている。
「君が、見られて興奮している事は分かっている。君はどうしようもない変態だからね。もっと、もっと激しくするから覚悟してくれ」
「そうじゃないんです。まっ、待ってくださ──んんっ!」
煙の女性は、優しくメイドの女性に語り掛けるように変態と罵倒し、そしてその唇を自らの唇で塞いだ。柔らかそうな唇同士が、互いの唇を貪るようにしてくっつきあう。その姿はとても神聖で、美しい物のように私の目には映る。
「んー!んんっー!」
そんな状況になりつつ、メイドの女性が一生懸命私の方を指さして私の事を煙の女性に知らせると、ようやく異変に気付いたようだ。煙の女性が横目でこちらを見て私の姿を認識し、驚いたように目を丸くしてから、ようやくメイドの女性から唇を離した。
その際に、2人の唇との間に涎の橋ができ、それが光を反射して妙にキレイに見えた。普通なら汚い物だと認識するはずなのに、不思議だ。
「……驚いたね。もう目が覚めたのか」
「な、なななななにを……!?」
煙の女性は気だるそうに乱れた髪を整えながら座席に座りなおすと、メイドの女性も慌てて起き上がってから乱れた衣服を直し始める。
私は今目の前で起きた出来事に、ようやく思考回路が追いついてきた。2人が私の目の前で今ていた事に対しての、説明を求めたい。だけどあまりにも衝撃的な光景を見せられて、舌が上手く回らず慌てるばかりだ。
「何をしているか、と問われれば、私たちは互いの肉体を貪っていた。正確に言えば、私が一方的に貪っていたんだけどね。……できれば、終わるまで眠っていて欲しかったよ。もうちょっとでルナが──」
「余計な事は言わないでくださいっ!」
メイド服の女性が、服を整え終わってから煙の女性の声を慌てた様子で遮った。
改めてみると、メイド服の女性もキレイだ。金髪をポニーテールにし、青色の瞳は宝石のよう。そしてよくよく見ると、尖った耳が髪から突き抜けて出ている。
もしかしたら彼女は、人間ではないのかもしれない。
「……コホン」
メイド服の女性は軽く咳ばらいをすると、すました表情となって座席に座りなおした。
だけど髪は乱れているし、汗も浮いているし、赤くなった顔は中々元には戻らない。そしてそわそわしているのが、妙に色っぽく見えてしまう。
「……私を攫って、どうするつもり?」
衝撃的な光景を跳ね除け、私は2人の誘拐犯に対してそう問うた。
そう。コレは誘拐だ。もしかしたら可愛い私を見て我慢できなくなってしまったのかもしれない。だって、女同士で体を重ねるような変態たちだよ。きっと私にも、今2人でやっていたような行為をしようとか考えているに違いない。
というか、既に何かされていたりしないよね。私はさりげなく自分の身体に手を回して調べるけど、特に変わった様子はなく、安心した。
「攫った、か。確かに、そうだね。君にとっては、そう言う事になるかもしれない」
「いや、それ以外ないでしょう……。今すぐ馬車を止めて、私を家に帰して」
「家?ふふ」
煙の女性は煙管を懐から取り出すと、柔らかく笑いながらその先端に火をつけて、煙を吐きながら話を続けた。
「君に帰る家なんてないじゃないか。家は焼かれ、両親は村人の暴走によって殺された。身寄りのない君は独りぼっちとなってしまったんだよ。あの村に帰る場所なんて、君にはないという事を頭に刻んでおけ」
「っ!」
そんな事言われなくとも分かっている。だけど私には、最後に残された家族がもう1人だけいるんだ。彼女を探している時にこの人に攫われてしまった訳で、そんな人に偉そうに説かれる筋合いはない。
「お言葉ですが、エリシュ様。説明が足らなすぎます。コレではお嬢様が混乱するばかり……。しっかりと説明をして、誤解なきようにする必要があるかと」
先ほどまでとは打って変わって、クールに言い放ったのはメイドの女性だ。
「……それもそうだね。それじゃあ誤解がないように言っておくけど、私はね。君のお母さんに頼まれて、君の身柄を預かるために村を訪れたんだ」
「ママが、私を……!?それって、どういう……もしかして私、知らない間に捨てられて……!?」
「そうではないよ。私は、君のお母さんとお父さん。サラとグラディスの両名にもしも何かがあった時、君の身柄を預かるように頼まれていたんだ。両名が先日死に、その知らせを受けた私は君の身柄を預かるために村を訪れた、という訳さ。ちなみに村人たちにはもう話を通してある。村のお偉いさん方は、事件の事をとても悔やんで君に謝罪していた。中でもアグネスタという女性が、特に君の事を気にしていたよ」
「……」
アグネスタさんには、本当にお世話になった。心神喪失状態の私の傍にずっといてくれて、慰め続けてくれたその恩は、一生忘れないだろう。
それだけではない。村で過ごした思い出の数々は、絶対に忘れたりはしない。悲しい事もあったけど、それ以上に嬉しい事もたくさんあったからね。その思い出の数々が、私を変えてここまで育ててくれたんだ。
「て、ちょっと待ってください。私に村に残ると言う選択肢はないの?」
「ない。コレはサラの最期の頼みだ。私にはそれを全うする義務がある。私は君の身柄を預かり、君を立派な大人になるまで育てる。そして、君が望んだ通り世界を見てもらう。世界は広いよ、シェスティア。君のパパとママだけが世界ではない事が、きっとすぐに分かるだろう。だから、ついてくるんだ」
宝石屋の店主と同じような事を言うんだね、この人は。そこまで言うのなら見てやろうという気持ちにはなる。だけどパパとママがいない事を思い出し、直後にはそんな気持ちはどこかへと飛んでいき、寂しい気持ちになってしまう。その繰り返しだ。
「……気持ちの整理が追いつかないようだね。でも時は待ってくれない。私も待たない。とりあえず、私の下でゆるりと時間を過ごせばいい」
「ゆるりと」
メイド服の女性が、意味深にその部分を繰り返して言った。私にはその意味が分からなかったけど、嫌な予感がするよ。
「それと、君に渡しておくものがある」
煙の女性がそう言うと、メイド服の女性が立ち上がり、私にある物を差し出して来た。




