氷の戦い
女性が解き放った魔力は男の魔力を吹き飛ばし、下がっていた温度を元に戻した。
続いて煙管を口から外し、指を一本たててその指先に向かって煙を吐く。すると、煙が指先に集まって丸い形を作り、できたそれを男に向かって放った。
でも彼女と男との間には私がいる訳で、私の顔面のすぐ横を通って行ったよ。思わず身を屈めたけど、それが通り過ぎてからだったから意味がない。
「──凍てつく煙の世界」
私のすぐ横を通り過ぎて行った煙の塊は、そのまま真っすぐ男に向かって飛んで行った。
振り返ると、まず物凄い冷気が後方から飛んできて、コレはもう肌寒いと言うレベルを超えている。それもそのはずで、男がいた方向が煙に包まれ、木や地面などが凍り付いていた。
そんな、一瞬にして氷の世界となった場所で、男は何事もなかったかのように立って笑っている。あの、不気味な笑顔でだ。
「ひ、ひひ、ひど、酷いよぉ。せっかく、久しぶりに会ったのに」
「黙れ」
「ひ、ヒヒ……でも、攻撃したよね。という事は、反撃してもいいっていう事だよね」
「好きにするといい。氷煙の襲撃」
女性が、私に向かって掌を広げてきた。するとその掌の前に大きな魔法陣が出現。その陣から大量の煙が出てきて、私に向かって飛んできた。でもそれは身を屈めている私の頭上をかすめるように飛んでいき、やはり男に向かって飛んでいく。
「ヒイィ」
私の頭をかすめたその煙は、私の髪の毛先を凍らせた。幸いにもそれだけで済んだけど、この魔法がかなり強力な物だと言う事が分かる。こんなのをまともに喰らったら、普通の人間は生きていられないだろう。
「──侵食する氷<アイスヴァイオレーション>」
それに対し、男が何かの魔法を発動した。その瞬間、男に向かって行ったはずの煙が先端から凍りだして止まり、それが一気に出所である女性のほうへと向かっていく。
煙が凍ると言う現象を前にして、私はその場から逃げ出すと言う行動を取った。だって、凍った煙が周囲にも侵食し始め、私のいる場所も危うくなったから。
向かってくる氷の侵食に対し、女性は魔法陣を消して煙を消し去ると言う選択をとった。それによって煙は向かってきていた氷と共に霧散。跡形もなくなった。
「し、知らないよ。コレはボクが起こした戦いじゃない。べ、ベルハルトさんが起こした戦いだから、ボクのせいじゃないからね」
「だからなんだという」
「ヒヒ。怒られるのは、君だけ。サラさんに全部話して、グラディス君に叱ってもらうから、か、覚悟すると良いよ」
「……」
それを聞いて女性が魔力の解放を止め、ゆっくりと煙管を咥えた。
「……?」
女性のその様子に、男の人は首を傾げ、こちらも魔力の解放を止めた。すると、凍てついていた周囲の氷が砕け散り、元の森の姿へと戻った。
魔力の供給がなくなれば、魔法によって作られた物は消え去る。しかし下がった気温は中々上がってこない。
私は寒さに震えながら、今男の人があげた人物の名前を思い返す。サラさんと、グラディス君……。間違いない。それは、私のパパとママの名だ。
「お前はまだ、何も知らないんだね。知らないまま争うのも可哀そうだから、先に教えておいてあげよう。サラとグラディスは、死んだ」
「え……?二人が?」
女性は静かに頷き、男の人はガクリと項垂れた。
「そっかぁ。まぁボクより先に死ぬのは当然だけど、そっかぁ。死んじゃったんだ。そっかぁ……」
男の人は、簡単に2人の死に関する情報を受け入れた。先ほどまで殺し合うくらいの戦いを見せた2人なのに、それを見て妙な信頼関係を感じる。
「──……あ、あの。お二人は、パパとママのお知り合い、なんですか?」
「……」
「……」
私は戦いをやめたタイミングを見計らい、2人の間に入ってこの質問をなげかけた。子供の目の前で魔法による殺し合いをおっぱじめるようなヤバい人達だけど、もしパパとママの知り合いなのなら考えを変える必要があるかもしれない。……いや、ないか。どう考えたってヤバい人達だよね。
私の質問に対し、2人は黙り込んだ。女性の方は目を丸くしたまま煙管を口に咥え、ゆっくりと煙を吐いている。男の方はそのままだ。
「ヒ、ヒヒヒヒ!」
「っ!」
と思ったけど、突然気味の悪い笑い声をあげだした男に、驚いた。
「き、きき、きき君が、二人の子供だったんだね。ヒヒ、ヒヒヒ」
一体何が面白いのか、男はイイ笑顔のまま上機嫌となっている。ただ、その笑顔は子供が見たら泣き出し、男嫌いの女の子が見たら吐き気を催すような、笑顔という概念からかけ離れた不気味さを持っている。
「ヒヒ。そ、それじゃあ、ボクは帰るね」
「え?む、村は……?」
さっきは村までの案内を頼んで来ていたのに、突然の宣言に私は思わず聞き返してしまった。別に、帰って欲しくない訳ではない。できれば今すぐ消えて欲しい。その変わり身に驚いただけである。
「君は一体、ここに何をしに来たんだい?」
私が思った事を聞いてくれたのは、女性だった。
呆れ気味に男に対し、そう尋ねてくれた。
「ぐ、グラディス君から手紙が届いて、魔術の才能がある子がいるから、見て欲しいって。ボクはてっきりあっちの方だと思ったんだけど、どうやらそれは君の方だったみたいだね。い、今会って、分かったよ。君は面白い。ヒヒ、ヒヒヒ」
パパが、この人に手紙を?一体どういう関係なのだろうか。
気になるけど、聞きたくない。この不気味な笑顔を向けて来る人物を前にして、私は失神してしまいそう。
「ヒヒ。それじゃあ、ね。また、いつか会うと思う」
男はそう言い残し、本当に森の中へと消えて行ってしまった。
その事にホッと胸を撫でおろし、私はその場に残っている女性の方を向いた。
「君が、シェスティア・タラクティ、か。よく見れば二人の面影がある。実に可愛い子だ」
「ど、どうも……」
私の名前を知っている辺り、この人も本当にパパとママの知り合いとみて間違いない。あと、可愛い私を可愛いと言ってくれる辺り、たぶん悪い人ではない事が分かった。
「突然だけど、君はこれからどうしたい?」
本当に、突然だ。私はとりあえず、メグルを探してこの後の事を色々と決めるつもりだった。だけどメグルという存在が村から消え去ってしまい、訳が分からぬままに途方に暮れていた。そこに出会ったのがこの2人であり、何も考える暇がない。
でも、強いて言うなら、店主に言われた事を思い出す。
「──世界を、見てみたい」
「良い答えだ」
「ある人にそう言われて、そうしたいと思っただけ」
「そう。それは、良い知り合いを持ったね。それじゃあそんな君に、ある選択肢をあげよう」
「選択肢?」
聞き返すと、女性は真っすぐに私の目をみて、こう言って来た。
「私と一緒に来るんだ。そうすれば、望み通り世界を見せてあげる。来ないのなら、君はずっとこの村で生きていく事になるだろう。この村のため、この村のしきたりに従い、この村の役に立つ人間になる。それはそれで、満足感のある人生にはなるだろうが……私は好きではないね」
「……いきなり、そんな事を言われても」
「ああ、ちなみに。選択肢と言ったが、それは嘘だ」
いつの間にか、私は煙に包まれていた。質問に気をとられていたため、女性が何かの魔法を発動させたことに気づくのが遅れた。気づいた時は、もう遅い。私の視界は真っ白になり、最後にニヤリと笑う女性の顔を見て、そこで意識が途絶えた。




