異変
異変に気付いたのは、それからすぐの事だった。
私は道を歩く女性を見つけると、メグルについて尋ねてみたんだ。すると、予想外すぎる反応が返って来た。
「──それ、誰?」
彼女はメグルと私で話しかけた事もある人だ。この小さな村に住んでいて、忘れるはずもない。もし本当に忘れているのだとしたら、それはもう病気レベルだ。
「メグルだよ!赤髪でいつも乱暴な男口調の、私よりちょっとだけ背が高い女の子!」
「……知らない。そんな子、この村にいるの?」
私は嫌な予感がして、彼女に背を向けて駆け出す。そして別の女性にも同じ質問をした。でも返ってくる反応は、皆同じだ。
「知らない」
「誰なの、その子?」
「聞いたことないなぁ」
皆、知らない訳がない。それなのに皆同じ反応をし、メグルという存在を否定する。まるで、最初からメグルという子がいなかったかのように。
でもそんな訳がない。メグルは確かに存在したし、私の大切な家族の一員だ。例え世界中の皆がメグルの存在を否定しようとも、私は否定しない。だって、あの子は確かに存在していたのだから。
「……メグル」
だけど、村中のどこを探してもメグルという存在はなかった。誰に聞いても、それ誰?である。聞くだけではなく、自分の足で無駄に広い村中を走り回ったけど、それでもメグルはどこにもいない。
一体何がおこっているというのだろう。私は背筋に悪寒が走り、怖くなって潰れてしまいそうだ。
「……ここ、どこだろう?」
気づけば私は、木に囲まれていた。どうやら夢中になりすぎて道を外れてしまったようで、現在地がどこなのか分からない。
妙に肌寒く感じるのは、日が傾いて沈み始めているからだろうか。
……いや、違う。私は魔力の気配を感じ取り、周囲を警戒する。と、大きな魔力の塊がこちらへと向かって流れてくるのを発見した。その魔力の方向を見つめていると、音もなくこちらへと向かって歩いて来る人物がいる事に気が付いた。
「っ……」
私は姿を見せたその人物を見て、唾を飲み込んだ。
まずその人物は、男だった。それだけで緊張するどころか、逃げ出す要因になる。だけど私が緊張したその理由は、相手が男だという事を差し置いて別にある。
彼から溢れ出ている魔力の量が、尋常ではない。私の目に映る魔力の光は、光の強さだったり溢れる量とかでその強さが分かるんだけど、彼の場合は違う。溢れる魔力は霧のように周囲を覆っていて、飲み込んでいる。まるで、抑えきれない魔力があふれ出ているかのように見えるのは気のせいだろうか。勿論こんな現象を目の当たりにするのは初めての事で、他に見た事がない。
そんな彼の容姿だけど、そちらも異質だった。毛先がもじゃもじゃで、海中の昆布のように生えたその髪の色は、紺色。目の下にはクマがあり、やつれてかなり体調が悪そうに見える。肌は青白く、その肌を覆うのはだぼだぼのシャツとズボンで、すごくだらしがない。
よく、人間は第一印象が大事というけど、私の彼に対しての第一印象はヤバイ奴。関わったらいけないと、本能が叫んでいる。
それに、彼は村の人間ではない。こんな悪目立ちする人は見た事がないし、もしかしたら野盗の生き残りという可能性だってある。そんなのと出くわした時、どうすればいいのだろう。
「す、すす、すみ、すみません。この辺りに村があるはずなのですが、ご存じありませんでしょうきゃっ」
迷っていると、その怪しさ満点の男が、私に話しかけてきた。
驚いたけど、しかしその言葉遣いは丁寧で、しかも緊張しているのか噛んだよ。逃げるべきか悩んでいたけど、なんだか力が抜けてしまった。
「む、村は……あります。近くに……」
「ほ、本当ですか!?も、ももし、ご迷惑でなかったらごご、ご案内をお願いしてもよろしいでしょうか!」
私の返答に声を大にして喜ぶ男だけど、決して私に近づこうとはしない。それどころか緊張した様子の彼に対し、私は親近感がわいた。だって、私も知らない男の人を前にして緊張しているからね。
だけど、安心はできない。もしかしたら、また村を襲撃しに来た人間かもしれないから。もしそうなら、そんな人間を案内するなんて事はできないよ。
……でも村はすぐそこだと思うんだけど。私が案内しなくとも、すぐに辿り着けてしまうだろう。
「あ、ああ、ああの、こう見えても、ぼ、ボクは怪しい者ではございません。し、知り合いに会いに来ただけで……え、えへへ」
作り笑いを私に見せて、怪しい人間じゃない所をアピールしようとしているのが怪しい。
というかその笑顔が、笑顔ではなく完全に悪い事を考えている人間の顔だった。とてもじゃないけど信用に値しない笑顔に、私はドン引きである。
だけど嘘を吐いているようには見えないんだよね……。もし本当に村にやってきた客人なのなら、案内してあげないとかわいそうだ。あまり体力があるようには見えないから、野垂れ死なれたりしたら後味が悪いしね。
「わ、分かった。でも、これ以上私に近づかない事を約束してください……」
「あ、ああありがとうございますっ。これ以上、近づきません。ぼ、ボクはあまり人に近づくのが得意ではないと言うか……だから、言われなくともこれ以上は近づきません。あ、安心してください」
なんて情けない事を言う大人なんだろう。でも私もあまり人の事を言える立場ではないので、突っ込むつもりはない。
「うっ」
それにしても、本当に寒い。思わず身体を震わせ、体を摩る。
私はこの急激に下がった気温の原因が、分かっている。犯人はこの男の人であり、彼から溢れ出る魔力が冷たくて、周囲の気温を下げているのだ。暑い夏だったら、大歓迎。でも今はそれ程暑い季節でもないので、この寒さはちょっと堪える。
「な、なな、ななにか気に障る事でもいたしましたか!?」
寒いなと思いつつ、怪しい男を睨みつけていたら、男は慌てて私に向かって頭を下げながら言って来た。
「いや……寒いなって思って」
「そ、そうですよね!ほ、本当にごめんなさい、ボクのせいで不快な思いをさせて、すみません。でもどうしてボクがこの冷気の原因だと分かったんですか?」
「ま、魔力を感じる、から……」
「ボクがこの状態で垂れ流している魔力は、魔力ではありません。正確に言えば魔力の一部なのですが、自然と溢れている物なので普通なら感じる事はできないはず。普通の人は、何で寒いんだろうと不思議がるだけです。でも貴女は今、魔力だと言った。そして冷気の原因が、ボクから常に溢れ出すこの魔力のカスだという事も分かっているようだ。不思議です」
「っ……!」
急に饒舌になったかと思うと、私がこの寒さについて触れた事を追求してきた。私の目には、普通の人には見る事の出来ない魔力が、目で見る事ができる。そのためこの冷気の出所が彼だという事が分かっていた。
彼はその事を知らないので、不思議がるのも当然だ。完全に、私の失言である。
だけどこうまで人が変わって迫られるとは、思っていなかった。最初のへりくだった態度はどこかへと飛んでいき、今は謎を解き明かそうとする事だけに特化した男が、目の前にいる。
怖くなった私は、男に背を向けて駆け出した。
「──おや、こんな森の中で出会うとは、奇遇だね」
「っ!?」
逃げようとしたその先に、女の人が立っていた。私はそれを見て足を止めると、その場に留まる。
現れた女の人は、ドレス姿だった。足にスリットが入り、覗かせる足はストッキングで黒く覆っていて、セクシー。スレンダーな身体に張り付くような形をしたそのドレスは、チャイナドレスのようにも見える。そんな服装をした上で、頭には大きな帽子を乗せていて、まるで魔女のようだ。
顔を見ると、切れ長の目に、高い鼻。髪の毛はパープルブラウンで、腰下まで伸びたそれが風に乗って流れている。片目をその髪の毛で覆い隠し、覗いているもう片方の目は金色だ。手には煙管を携え、それを口に咥えている。
まるで、どこかの国の一流女優のような容姿だ。カッコイイと思う。でもどこか危険な雰囲気があり、近寄りがたい所はある。
そんな彼女は、私ではなく男の方を見てそう言った。どうやら知り合い同士のようである。
「え、ええ、えり、えエリシュ・ベルハルト」
「そうだよ。じゃあ──……せっかくだし、死んでくれ」
そう言い放つと、現れた女性が魔力を解放した。




