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名の由来


 目が覚めると、私は1人だった。ここのところよく眠れていなかったためか、今日はよく眠れた気がする。ただ、寝覚めはあまりよくない。寝ても覚めても、あの日の光景が脳裏に焼き付いて離れないからだ。

 首だけとなったサベルさん。死んでしまった両親。両親の埋葬。流れるように時間は経過していき、私の心は時間に置き去りにされている。


「おはよう、シティちゃん。少しは眠れたかい?」

「……アグネスタさん」


 私が寝ていたのは、ベッドが置かれているだけで目いっぱいの狭い部屋なんだけど、そこに隣の部屋との仕切り代わりとなるのれんをわけて、アグネスタさんが姿を現わした。アグネスタさんと私は、ここ数日間共に暮らしている。両親をなくし、呆然自失となった私をアグネスタさんが心配してくれて、そういう事になったのだ。と思う。

 ここ数日の記憶が曖昧で、よく覚えていないんだ。頭が上手く働かなくて、今が現実なのか夢なのか、自分が生きているかどうかすらも分からない。


「お腹減ってないかい?」

「……」


 私はアグネスタさんの問いかけに対し、首を横に振った。


「少しくらい食べないと、体がもたないよ」

「……ごめんなさい」

「……」


 アグネスタさんは、私に呆れてしまったのか黙って姿を消してしまった。

 と思ったんだけど、すぐに戻ってきた。手には湯気のたつコップが握られていて、それを私に差し出して来た。


「ミルクを温めておいたんだ。飲むだろう?」

「……ありがとう」


 私はベッドに腰かけた状態でそれを受け取ると、口をつけて静かに飲み始める。温めた牛乳は、私の喉を潤わせるのと同時に、空っぽのお腹の中を満たしてくれる。更には心が落ち着いていくようで、様々な効果を私にもたらしてくれた。

 それを渡してくれたアグネスタさんは、私の隣に腰かけてきた。肩と肩がぶつかりあうくらいの近い距離で、牛乳を飲む私を心配そうに見つめている。


「……」


 時折、我慢できなくなったかのように私の頭を少し強めに撫でてきたり、私の頭を抱き締めたりしてくる。意味が分からない行動だけど、アグネスタさんの気持ちは分かっている。その行動が少しだけ嬉しくて、だけど上手く感情が表に出せない。

 とりあえず、私はホットミルクが冷めないうちに、少しずつ飲み続けた。

 ホットミルクを飲み干した私は、久々に外へ出た。外へ出て、改めて私とアグネスタさんが住んでいる家を見てみると、凄く小さい。偶然襲撃を免れた、市場の中にある小屋を借りて2人で住んでいるんだけど、ここに2人で住むのはちょっとキツイよ。私がいなくなって、アグネスタさんが1人で使うべきだと思う。


「出かけるのはいいけど、すぐに帰ってくるんだよ。ご飯は一応用意してあるから、お腹が減ったら食べな。それから、何かいる物はないかい?あるなら言ってくれれば買ってあげるから、遠慮せずに言うんだよ」

「……」


 それなのに、アグネスタさんは私の事を心配して凄くよくしてくれる。アグネスタさんの、そんな気持ちに応えたい。だけど、応えられない。私の気持ちは沈んだままで、浮かぶ気配すら見せてくれないから。

 私はアグネスタさんに首を横に振ると、背を向けてその場を後にした。


 あの日、私の両親は怪我人を治療していた。そこにサベルさんがやってきて、突然怪我人に対して怒鳴りつけたらしい。何故、戦わなかったのだ。何故、敵を殺さなかったのだ。何故、守らなかったのだと、凄い剣幕で怒鳴りつけ、そして挙句の果てには殺そうとした。

 パパとママは、そんなサベルさんの行動を止めて、説得しようとした。だけど説得は上手くいかず、敵を庇おうとした私の事もあって、サベルさんは逆上。パパとサベルさんは喧嘩を始め、その中でサベルさんが隙を見てママに襲い掛かろうとしたのを庇い、パパは死んでしまった。その際に、ママも巻き込まれてしまって同時に死んでしまうという事態に陥った。

 その後騒ぎを聞きつけたスキンヘッドのおじさんが、暴走したサベルさんを殺す事で決着し、私が駆けつけたのはその時だ。


 訳が分からない。サベルさんが怪我人たちを責める理由が、理解できない。パパとママを殺す理由も、何も分からない。

 その答えを理解しようにも、サベルさんはもうこの世にいないので私の問いに答えてもくれない。そもそも、もし彼が私の前にのこのこと現れるようなら、私は彼を本気で殺してかかってしまうかもしれない。。


「……シェスティア」

「……」


 トボトボと市場を歩いていた私は、ふと気が付けば宝石屋さんの前にいた。

 宝石屋さんがあった場所は、現在建物の残骸が取り覗かれた上で、更地に戻そうとしている所のようだ。その作業中の宝石屋さんの店主がいて、私に気づいて静かに話しかけてきた。

 いつもなら、いきなりの男の人の登場に驚く場面だよね。だけど今の私にはその気力がない。内心は驚いたし怖いけど、どうリアクションしたらいいのか分からなくなっている。


「……お前に、渡したい物がある」


 店主はそういうと、私に向かってポケットから取り出した袋を差し出して来た。でも、こちらから近づくのは中々勇気がいる。躊躇していると、店主はそれを地面に置くと退いて、距離を取ってくれた。

 私はそれを確認して店主が出した物を拾う。それは紙袋に包まれていて、中に何か入っている。私は袋を開いて中身を手に出してみると、それは青い鳥だった。私が店主のお店で1番気に入っていた、青い鉱石で鳥の形を象り、それをネックレスにした物だ。


「コレ……」

「前にお前が来て、立ち去った直後に見つけた物だ。奇跡的に焼けずに済んでいたんだが、お前にやる」

「……」


 これは、そこそこ高い物のはずだ。しかも、店主のお店で無事に済んだ物は少ないはず。それなのに、このネックレスをくれると言うその真意が分からない。


「……遠い北の国に、珍しい鉱石がある」


 店主は、戸惑う私にお構いなしに語り始める。


「炭鉱の地下深くで発見されたその鉱石は神聖な魔力を帯びた物で、光を吸収すると青く光り輝く。希少価値のある物で、中々手に入らない物だ。その鉱石の名を、シェスティア鉱石という」


 店主が語ってくれたのは、私の名の由来だった。私の名は、その鉱石の名前からとったんだね。初めて知った事に、私は驚いた。


「オレの知る限り、シェスティア鉱石は世界一美しい光を放つ。グラとサラが何故その名をお前につけたのか、分かるだろう?……光を失うな。その名に恥じず、美しく輝き続けろ」

「っ……!そんな事、言われても……!パパとママがいなくなっちゃったんだよ!?そんな、名前の事を今更聞かされたって、どうすればいいのか分かんないよ!」

「……ああ。世界はあまりにも理不尽で、救いようがないよな。だが、お前が失った物がこの世界の全てではない事は確かだ。世界は広いぞ、シェスティア。個人的にだが、お前にはもっと世界を見てもらいたいと思う」

「世界を、見る……」


 昔、本で見た事を思い出す。この世界には大きな石の壁で囲まれた町や、地下の町。空に浮かぶ町に、海の中の町もある。人間以外の種族もいる。更には竜といった空想上だと思っていた生物もいるらしい。

 見てみたい。まだ見た事のないこの世界の姿を、この目で確かめたい。だけど想像していたそれらの風景の中には、いつだってパパとママがいた。2人がいないのに私1人でそれらの風景を見に行ったって、色がない上で大きな穴が開いた未完成の絵のようになってしまう。虚しいだけだ。

 せめてそこに、メグルがいれば……。しかしメグルとは、あれ以来会っていない。パパとママを失った私に会いに来てもくれないし、探してもどこにもいないのだ。


「……メグルは、どこにいるのかな?」

「その名は、もう二度と口にするな」


 前にも聞いた事があるけど、その時店主は知らないと答えた。それでも彼女に会いたくなってしまった私はあえてもう1度尋ねてみたんだけど、すぐに違う答えが返って来た事に驚く。


「ど、どう言う事?」

「……」


 店主は、詳しくは話してくれなかった。ただ、もう二度とメグルという名前を口にするなと警告しただけで、何も教えてくれようとはしない。そんなので、納得ができる訳がないよ。

 私は店主に背を向けると、メグルを探すために駆けだした。


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