山椒姫、新たなる決意
「アデレイド妃、遠いところをようこそお越しくださいました」
「……本物?」
「何故疑うのですか?」
「ケイトなら会って早々、『金髪ドリル様ー!』って言いそうだもの。リリアちゃんと入れ替わっているんじゃない?」
「相変わらず遠慮がありませんね……」
どうも、キャサリン・リングリッドです。19才、身長は172cm、体重はゴニョゴニョkg、職業は近く王太子妃となられる公爵令嬢アリス様の護衛騎士、本物のキャサリンです。
学園を卒業してから1年とちょっとの月日が流れ、とうとう明日は私の結婚の日。ノルデンからティハルト王太子殿下とアデレイド妃殿下が来賓でやって来られ、久々の再会を喜び合っているところです。相変わらず口はキレキレのようです……
「まさかあのケイトが私より背が高くなるとはね」
「美人過ぎる女性騎士を目指して鍛錬した成果です」
キャサリンの成長期が止まりません。もうそろそろ背が伸びるような年でもありませんのに、まだ伸びているのです。
さすがに伸び具合は鈍化してきましたのでそろそろ止まるかとは思いますが、それでも170を超えてしまいました。
学園に入学した頃が遠い昔のようです。
「本人がそう思うくらいなのだから、久しぶりに会った私が驚くのも無理はないでしょ。ただ、上には伸びたけど、前には成長しなかったわね」
「それは言わないでくださいな……」
そんなケイトも可愛いよとオリ……旦那様も仰ってくださいますので、大きさなんて些細な問題なのです。
「アデルもそれくらいにしておきなさい」
「失礼いたしました殿下。久しぶりなものでつい……」
「久しぶりだねキャサリン嬢。アデルも久々の帰国だから少々浮かれているようだ。あまり気を悪くしないでくれ」
舌好調なアデル様の様子に、ティハルト殿下が苦笑いで私にフォローを入れます。慣れたものなので気にはいたしませんよ。
「王太子殿下、アデル様は旧知の仲の皆さんに絡みたいのです。あのドリルで」
今にも毛先が高速回転してキュイーン! って音を立てながら迫ってきそうです。
「髪の毛が意思を持って動くような言い方をしないでくださる?」
「来ないの?」
「行かないわよ!」
「はっはっは、2人は変わらないね。……それはそれとして、グリーは迷惑かけてないかい? 実はそれも心配だったんだ」
ああ、グリゼルダ様ですね。相変わらず……
――ツカツカツカ……ダンッ!
「迷惑なんてかけておりません! ハァハァ……ケイトお姉様も変なことを仰らないでください」
「まだ何も言ってないよ……」
扉を勢いよく開けながら、ちょうどいいタイミングで当の本人が姿を見せました。何故か息切れしているのはお兄様に会いたいと急いだからでしょうか。
「ご覧のとおり婚約者様と共にお淑やかに過ごしております。ね、ケヴィン様」
「お淑やか……」
「ケヴィン様……(ニコッ)」
「オホン……お久しぶりです。このとおり仲睦まじくさせていただいております。」
ケヴ兄様は振り回されているせいか、お淑やかのところに相当引っかかりを覚えていたようですが、グリゼルダ様に軽く睨まれて、その言葉を追随して肯定いたしました。
……しきたりを覚えたいとよくお母様と一緒にいることは知っておりましたが、いつの間にかリングリッドの女の(ニコッ)を既に習得しているとは。義妹恐るべし。
「グリー、元気そうで何よりだ。便りが少ないから、こちらに言えないようなことばかりしているのではと案じていたのだ」
「お兄様、やってきて早々その言い草はあんまりですわ」
「お前がしばらく帰らないとか言うから、父上も母上も気にしておったのだぞ」
グリゼルダ様はこの春に学園を卒業。本来ならお兄様を連れて母国に帰り女伯となられるはずでしたが、「もうちょっと2人きりの時間が欲しい!」と、しばらくはこちらに留まる様子なのです。
元々王太子殿下が管理している地を分けてもらうだけなので、そこまで急ぎではないと考えているのでしょうが、兄君としては何か帰れないような事情でも出来たのではないかと思われたのですね。
「あらあら、なんだか楽しそうですわ」
「ジョゼ様!」
「……ケイト、こちらはもしかして」
「アデル様は初めてでしたね。ブロワーズのルフェーヴル伯ユベール様とその夫人で神王国の第六王女であらせられるジョゼフィーヌ様です」
私はどちらも親しくさせていただいておりますが、ジョゼ様が留学に来る前にアデル様はノルデンに行かれたのでお2人は初対面。なので、私が両者をご紹介いたします。
「ユベールです。今はトランスフィールドで駐在大使を務めております」
「その年で駐在大使を」
「いやいや、王太子殿下や妃殿下の責務に比べれば。それにこの役目は私とジョゼの2人でなければ」
「ああ、ケイトのせいね」
「何故悪の元凶みたいに言われているのでしょう?」
ジョゼ様たちはあの後間もなく結婚。ユベールさん――いや今は伯爵となられたのでユベール様とお呼びするべきですね――の初仕事がトランスフィールドの駐在大使でした。
国内ではアンリ国王やクリスティアーヌ王妃が再建のため奔走しており、対外的なことはジョゼ様たちに任せようと、混乱する国内ではなくこちらに大使として送り込み、各国との折衝にあたっているのです。ブロワーズにとってお2人の人脈が一番有効だと考えたのでしょう。
まだ学生の身分であったジョゼ様はそのままこちらの学園に編入。社交にも顔を出しつつ、今年は最上級生として生徒会のお仕事も担われ、さらに人脈を広げているようです。
「ご家族は一緒ではございませんので?」
「ええ。母たちは妃殿下と共におります」
「これからの国づくりには女性の力も必要だからと、その先頭に立っております」
ユベール様の母であるロクサーヌ様、そしてジョゼ様の母である側妃殿下。2人は妃殿下のもとで今も精いっぱい務めておるそうです。
「国元を離れてのお暮らし、大変でございましょう」
アデル様は異国の地で暮らすことの大変さを自身の経験から知っておりますので、お2人に大変ではないのかと尋ねられておりますが、ジョゼ様たちは留学時代を含めればもう2年くらいこちらにおりますので慣れたものだとお答えになります。
「おかげでユベール様とジョゼ様は、誰に邪魔されることなく目一杯ラブラブですの」
「ケイト様、誤解を招く発言はよろしくありませんわ」
「あら? 何かおかしなことを申しましたでしょうか。ねえユベール様」
「大勢の前で大っぴらに言うような話ではありませんでしょう」
お2人とも顔を赤くしておられますが、仲が良いのはいいことです。まして2人は小さいころからの仲。その想いが今でも続いているのですから。
「よろしいではありませんか。それにここにいるのは、みなパートナーと仲の良い者ばかり。なんでしたら惚気の言い合いをいたしても話題が尽きないくらいよ」
みんなでワイワイやっていましたら、アリス様とジェームズ殿下もやってきました。主役は最後の登場とばかりであります。一応今日明日の主役は私のはずなのですが?
「アリス様、お久しぶり。私の結婚式以来かしら」
「そうなりますね。アデル様もお元気そうで」
「そちらの挙式はいつになるの」
「あともう1年くらい先でしょうか。この国の王族はしきたりが多くて……って、アデル様はよく知ってますわね」
「いいの? 殿下の前でそのようなことを言って」
「いいんだよ。アリスとも『面倒だね』と何度も話しているんだ」
アデル様もかつて王子妃の座を争ったライバル。嫌味のつもりだったのかもしれませんが、アリス様たちの様子から2人の信頼関係が感じられて納得したような表情をされております。
「やはりこの国の妃になるのはアリス様で間違いないわ」
「アデル様」
「同情なんかしなくてもいいわよ。私は私でティハルト殿下と仲睦まじく過ごしておりますので。それこそお2人よりもね」
あ、やっぱりアデル様だ。無駄に張り合ってまったく……でも昔のようなギスギスした感じではなく、旧い友人と軽口を叩き合う感じなのは、本当にティハルト殿下と良好な関係が築けているからかもしれません。
「これからは隣国の妃同士、末永く友好が続きますように」
「ええ。お互いに交流を深められればと願います」
アデル様とアリス様がお互いの顔を見つめあい、フッと笑みを漏らします。王族同士の外交とは本来なら腹の探り合いといったことにもなりそうですが、この2人であればなんとなくで通じ合いそうな気がいたします。
「そういえばアデル様。ヒラリー様は同行していないのですね」
ともにノルデンへ留学したヒラリー様。そのままあちらでアデル様の護衛となられたはずなのですが、今回は一緒に来ておりません。
「元々来るつもりでしたが、よんどころない事情でね」
「何かあったのですか?」
「ご・か・い・に・ん」
アデル様が艶めかしい声でそう耳打ちしてきます。
ご・か・い・に・ん……ごかいにん……ご懐妊!
「ヤコブさんと!」
「他の人が相手だったら困るでしょ」
なんということでしょう。まさかこんなにも早く御子を成すとは……
「こればっかりは授かりものですからね。結婚式に参列できなくて申し訳ないと言っていたわ」
「こちらもヒラリー様の結婚式には顔を出せませんでしたから、ちょっと残念ですね。でもおめでたいことです」
アデル様やヒラリー様が結婚されたのは私が学園を卒業してすぐのこと。ブロワーズでのゴタゴタの後始末に追われていた頃で、ノルデンへはアリス様と一緒に行けなかったのです。
「また来年、アリス様の式のときは一緒に連れてくるわよ」
「楽しみにしております」
そうですか……ヒラリー様がもうすぐお母さんですか。私と1つしか年が違わないというのに。
「何を言ってるのよ。結婚するんだから、ケイトだってそう遠くない将来、母になるのよ」
「母親ですか。なれますかね?」
「私もまだ子はいないから偉そうなことは言えないけど、なれるか? ではなく、なれるように努力するしかないんじゃないかしら」
母になる……子供を産む……そのためには……
はわわわわわわわわ~!!!!!!!
「アリス様、ケイトがこうなるということは……」
「アデル様もお気づきね。きっと母親になるために成すことを想像して悶絶しているのですわ。ほらケイト、マリエッタ様や他の皆様ももうすぐ到着すると連絡があったのです。今宵は賑やかになりそうですから、ホストがそのようなことでは困りますよ」
「はわ! そうでございますよ。私の婚礼ごときに皆様がお越しくださるのです。こうしてはいられません!」
「相変わらずね……らしいといえばらしいけど」
「でもそのおかげで、自分の人生を大きく変えてくれた恩人と慕う者も多いのよ」
そう促され、結婚前夜祭と称したパーティーの準備へと向かうキャサリンの背をアリスとアデレイドがやれやれといった表情で見つめている。
「パーティーは親しい者だけと聞いていたけど、参加する人数を見る限り、私以外にもそう感じている人が多そうね」
「ブロワーズのジョゼフィーヌ様、ピノワールのマリエッタ様をはじめ、留学に来られた方々が大勢参列するみたい。さしずめ同窓会ですわね」
「賑やかなのが似合う子だからね」
「アデル様は初対面の方が多いだろうから、存分に社交なさってくださいな」
「よろしいの?」
「ケイトもきっとアデル様と皆さんが仲良くする姿を望んでますわ」
その夜、ギャレット伯爵邸では夜遅くまで楽しい声が消えることは無かった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はいよいよ最終回。キャサリンとオリヴァーの結婚式当日です。
年度初めで少々多忙につき、投稿は4/9(土)を予定しております。
よろしくお願いします。




