山椒姫、贈る言葉
「ジョゼ様、ホントによかったですわ」
「……ありがとうございます」
「こんな上手い落としどころがあったのかと、陛下には感服いたしました」
王族が使用する馬車にジョゼ様と共に乗ることを許され、女2人でキャイキャイ言いながらトランスフィールドへの帰途についております。
「お怪我の具合はいかがですか」
「御覧の通りですよ」
話をしているうちに私の怪我の話題となりましたので、斬られた個所をサッと腕まくりしてお目にかけます。元々かすり傷でしたので、数日で治ったのですが、公爵邸での私の戦いぶりが思ったより誇張されているようで、かなりの深手だと勘違いされる方も多かったようです。
「最初に聞いたときは驚きました。あちこちから血を流し、服が赤く染まった状態でドラニエ伯を一閃したなどと伺いましたので」
「誇張されすぎですね……」
おそらく吹聴したのはラウールさんか警備隊の皆さんですね。もうブロワーズに行くこともそうそうないでしょうから、懲らしめるのはロクサーヌ様にお任せしましょう。
「しかし……もう1年が経つのですね。学園に戻ればもうキャサリン様は卒業。私も皆さまと共にいられる時間が残り僅かかと思うと寂しいです」
「仲良くするのも難しいと思っていたあの頃が遠い昔のようですね」
彼女と出会ってからようやく1年になろうかという短い間でしたが、中身の濃い時間でございました。
「おかげで最後は生徒会の仕事をアリス様に押し付けてしまいました」
「それについては私からもお詫びしなければなりませんね」
「ま、残りわずかなればこそ、心残りの無いようにお互い楽しみましょう」
「そうですね」
◆
……なんて言っていたのもつかの間、ついに卒業の日を迎えました。
アリス様や私、エマにサリー、薬学研究所に進むことになったパトリシアや、私の侍女となったヘレンなどの卒業生に加え、留学期間を終えるジョゼ様やユベールさん、マリエッタ様なども一緒に式に参加しております。
グリゼルダ様は来年もこちらに在籍するそうです……というか、帰りたくないのでしょう。
「では卒業生を代表して、生徒会副会長、キャサリン・リングリッド」
「アリス様……ホントに私でいいんですか? 会長はアリス様なのに」
「貴女のほうが言葉に説得力があるわ」
「そういうもんですかね……」
本来会長が挨拶すべきところなのでしょうが、アリス様が「ブロワーズで暴れていた間、生徒会活動していなかったんだから最後くらいビシッと決めなさい」と仰るものですから、渋々ですが壇上に上がります。ブロワーズに行っていたのは、生徒会よりも大事な任務じゃなかったんですか!?
「えー、ご紹介にあずかりました、生徒会副会長にして戦場帰りのキャサリン・リングリッドでございます」
ブロワーズでの騒乱はここにいる皆が知るところ。自身には伝聞にしか過ぎないその戦場にこの人はいたのかと、一同の顔に緊張が走ります。
「私は学生の身ながら、ありがたくも男爵位と聖騎士の称号を拝受しております。故に命であれば戦場で任務に就くこともやぶさかではございません」
「ただ、皆様にはまだ実感が湧かないことだと思います。例え騎士課程の生徒であってもです。あ、今の言葉に不満がある騎士課程の生徒がいたら、後で相手になるからかかってらっしゃい」
騎士課程のみんなは一様に「ムリムリムリ」と苦笑い。それを見ていた他の学科の生徒も釣られて笑みがこぼれます。
「戦争など本来、やらないほうがいいのです。でも攻められたとき、国を、愛する家族を、大切な仲間を守るには私たち全員の力が必要なのです」
「それは戦場で敵と対峙する軍の関係者だけではありません。戦争となる前の外交努力、相手に付け入る隙を見せないよう国を富ませる内政力。国の平和を保つには文官、武官、貴族、平民の区別を問わず、みんなの力が必要なのです」
「皆さんは学園を卒業し、今日からはそれらを担う一員に加わります。私も今回の戦いでは不覚にも傷を負いましたようにまだまだ勉強の身。ほら、ここに傷跡が……ゴメン、もう治ってたわ」
在学中にグングン背が伸びて、何度となく仕立て直した最後の制服を袖まくりしましたが、すでに傷跡は残っていません。場を和ませるジョークですよ。
「冗談はこの辺にして……すでに戦いを経験し、何度も人の血が流れるところを目にした私でもそうなのです。皆さんに今すぐすべてを理解しろとは申しません。ですが、自身が何のために生き、何のために働くのか。そのことは一生をかけて学び続ける終わりなき命題であること。その一助として、学園で学んだ多くの知識が役に立つことを期待して、皆さんのこれからの活躍をお祈り申し上げます」
「続きまして、留学生の皆様。国が違えばそれぞれの思惑、主張も異なり、時には手を取り合い、時には反目するのは世の定めではございますが、1年間、ここで机を並べて共に勉学に励んだことは一生の思い出です」
「特に今回のブロワーズでの騒乱。ここにいる各国の留学生の皆様が出会うことがなかったら、このように短期間で終結することは能わなかったと感じております」
「ジョゼフィーヌ姫殿下には申し訳ございませんが、ブロワーズをよく思わない方が当初は大勢おられました。ね、マリエッタ様」
壇上からマリエッタ様たちを見ると、蒸し返さないでよと口を尖らせてプリプリしています。
「ですが、今ではジョゼフィーヌ様と仲良く隣同士で座るほどの仲。このつながりこそが、今回の騒乱が早期に決着した理由でもあります」
実際にピノワールや周辺各国の協力が早期に得られたのは、彼女たちが母国に口添えしてくれたことも大きな要因ですから。
「これからも国同士、譲れぬ話も出てまいりましょう。ですがここにいる皆様がそれぞれの国の中枢を担う未来では、きっとこの1年のつながりがこれからも続くことで、出会わなかった以前とは違う未来がくることとなるはず。またお会いできる日まで、皆様のご健勝と各国の益々の繁栄を祈念して、挨拶の締めとさせていただきます。ご卒業おめでとうございます」
(パチパチパチパチパチ…………)
「やるじゃないケイト。さすが実戦を経験した者の言葉は重いわね」
「御冗談を。戦場で敵と対峙するより緊張しましたよ」
「これで学園ともサヨナラか……」
「えーと、生徒会としてあと1つやり残しが……」
強制送還のために寮で引きこもっているゴミを回収しなくてはいけません。
「あー、そういえばいたわね」
「他の方は諦めて帰国しましたのにね」
ブロワーズからの留学生は全員実家が罰を受けており、「早く帰ってこないと余計に罪が重くなる!」と矢の催促で家から帰ってくるよう言われていたみたいで、スゴスゴと帰っていったそうですが、すでに帰るところのないロランさんだけは戻るに戻れず寮に引きこもっているようです。
「彼も父親のやったことは知っているのよね?」
「直接ではありませんが、その恩恵に十分に与ってましたから、知らないは通用しませんよね」
「面倒ねえ」
「ですねえ」
本当は無理やりにでも引っ張り出してやってもよかったのですが、とりあえず監視しつつ放置しておりましたら、どうも面倒なことになっているとかいないとか……
◆
式は滞りなく進み、今日で学園を去る卒業生、留学生の皆様が、園庭で最後の別れを惜しんでおります。
「ジョゼ様、お元気で」
「マリー様も。お手紙送るわね」
「ええ。私も送らせていただきますわ」
最初はあれほど嫌悪していたマリエッタ様やそのご友人たちが、今では涙ながらに別れを惜しんでおります。
「ユベールさんもお元気でね。ジョゼ様のこと頼むわよ」
「もちろんです。マリエッタ様もお元気で」
ユベールさんにも次々に別れの言葉が向けられます。婚約したことはすでに知れ渡っており、みんなで「よかったわねー」と、からかい半分に祝福されており、ジョゼ様も恥ずかしがりながらも嬉しそうにしています。
「さて、それでは出立の準備もありますから、そろそろ私達は寮に戻りますね」
「はい。出立の際はお見送りに伺います」
「それでは」
――キャーッ!!
寮へと向かうジョゼ様たちを見送り、その姿が見えなくなるのを確認して私も邸に戻ろうとしたそのとき、向こうの方から複数の悲鳴が聞こえてきて、それと共に何やら慌ててこちらへ向かってくる大勢の学生の姿。
「何事ですか!」
「危ない男が……」
危ない男? まさか!
――ジョゼフィーヌぅ~!
「あれは!」
急ぎ寮へと向かってみると、門前で剣を振り回す1人の男。警備の者は皆を逃がすことを優先し、その男。
「ジョゼフィーヌ……ジョゼフィーヌジョゼフィーヌジョゼフィーヌジョゼフィーヌジョゼフィーヌジョゼフィーヌジョゼフィーヌジョゼフィーヌジョゼフィーヌぅ~!!!!!!」
「ロラン……止めなさい!」
視線の先には虚ろな目をしたままユラユラと揺れ、剣を振り回しているロランさんと、それを懸命に止めようと声をかけるジョゼ様。
「止めなさいロラン! これ以上罪を重ねないで!」
「コロス……コロスコロスコロスコロスコロス!」
ダメだ。完全に飛んでしまっているわ……
お読みいただきありがとうございました。
次回は3/30(水)投稿です。
よろしくお願いします。




