山椒姫、知己の処遇に驚く
ドラニエ伯爵が扇動した反乱はなんとか鎮圧されました。それによって命を落とした者、傷を負った者、火災により家を失った者なども多く、王都は再建を余儀なくされることになりましたが、政権を覆すという敵の目論見は完全に潰すことが出来たのです。
そして数日後、お父様が主力不在のベルニスタに攻め込み、その防衛拠点を奪取したという報、それに伴いブロワーズ侵攻を企図していた軍が防衛のため兵を退いたという報がもたらされたことで、ようやく落ち着きを取り戻しました。
これによってブロワーズ軍も王都に帰還。裏の事情を知らぬ公爵は意気揚々と凱旋してきましたが、主だった配下を引き連れて謁見にやってきたところで一派ことごとく捕縛となります。
多くの将兵や貴族たちが逮捕されたことで、一時は大いに混乱いたしましたが、これまで国政を壟断していた数々の証拠を初めて明らかにすると、途端に公爵許すまじと世論が一変。その波に乗って、罪人には貴賤関係なく公平な裁きを行うこと、そして公爵たちに恣意的に動かされていた政の在り方を国王陛下の名の下に改めることなどが布告され、事態はとりあえず沈静化しそうです。
そこにはかつて革新派のリーダーであった、ロクサーヌ様のご実家をはじめとする心ある貴族――公爵によって閑職に追いやられていた人々の助力があったことも付け加えておきましょう。
さらに1週間ほど後、ジョゼ様とユベールさんも陛下の召喚に従いご帰国され、今回の一件に関与した主だった面々と共に王宮で謁見の真っ最中であります。
「ギャレット伯爵、リングリッド男爵。こたびの助力、誠に感謝に堪えん」
「ありがたきお言葉。ひとえにジョゼフィーヌ姫殿下が各国の懸け橋となって築いた縁でございます」
「そうであったなジョゼフィーヌ。そなたが留学に向かい得たもの、我が国にとってかけがえのない財産であった。大儀である」
「お褒めの言葉を賜り恐悦にございます」
恭しく言葉を賜るジョゼ様。これは公式な場なので、陛下も敢えて威厳たっぷりに仰々しく物申しているところなのです。
実際には謁見となる前に個人的な話だとして、これまで父らしいことを何一つしてやれなかったと詫びておらました。妃殿下の口添えもあったからかジョゼ様も謝罪を受け入れ、わだかまりといったものは以前より和らいでいるようだと伺っております。
元々父娘関係が疎遠でしたから、この先新たに関係を構築していくことになるのでしょう。
「さて、ロクサーヌよ。公爵家の罪状、王家に対する反逆の意志ありと見なさざるを得ん。何か申し開きはあるか」
「ございません。陛下のお裁きに従います」
「左様か。ならば公爵は死罪。嫡子ロランは貴族籍を剥奪として、家は取り潰し。それでよいな」
「仰せの通りに」
群臣たちからどよめきの声が聞こえます。
たしかに公爵は償っても償いきれないほどの罪を負っておりますが、夫人にそれを止める力が無かったのは誰もが知るところ。何らかの情状酌量はあってもよいのではないか? というところでしょう。
「とは申せ、家臣の専横を咎めなかったは余の責でもある。さらにはお家が取り潰しになることを覚悟の上で、その罪状を詳らかにした功績が彼女にはある」
その言葉に首肯はしないものの、周囲の者は「そりゃそうだ」という雰囲気が漂う中、陛下が言葉を続けます。
「よって罪一等を減じ、公爵家は領地召し上げの上、伯爵への降爵とする」
罪を軽くする裁定に、ワッと沸く家臣たち。しかし……公爵の死罪。そしてロランさんの廃嫡は覆っておりません。後継者は……どうするのでしょうか?
「陛下、それは血縁ではない誰かにルフェーヴルの名を継がせよ。ということでしょうか」
「血縁ならおるではないか。直系の子でありながら、一番公爵から遠いところにおった者が」
それは……と視線を向かわせると、他の方も同様に同じ方に視線を向けております。
その視線の先には……ジョゼ様と共に控えるユベールさん。出生の経緯はともあれ、公爵の実子であることは間違いありません。父親がその事実を認めていないものの、赤の他人に継がせるくらいなら、彼の方が余程その地位に相応しいと思います。
「これはジョゼフィーヌの希望でもある」
「姫様が……?」
「姫とユベールが留学によって得た多くの知己。それはここにいるオリヴァー、キャサリンの両名のほか、トランスフィールドの王太子、その婚約者であるラザフォード公爵令嬢、ピノワール公女など。彼ら彼女らの助力によってこたび国家存亡の危機を脱したわけで、その功績は多大であると言えよう。その姫が、恩賞としてルフェーヴル家の存続をと申すのでな。ああ、もちろんユベールが当主となるのが絶対の条件だそうだがな」
みんなの視線を一身に浴びるユベールさんが、落ち着かない様子でジョゼ様のほうを覗いますと、姫様は一瞬、舌をペロッと出してはにかみました。ユベールさん唖然としています。「聞いてないよ……」と言わんばかりの表情ですね。
「さてユベールよ。突然の話で驚いていることであろうが、ジョゼのたっての願いじゃ。聞き届けてはくれまいか」
「ははっ。非才の身ではございますが、王国のため全身全霊をもってお仕えいたしまする」
ユベールさんが恭しく礼をとると、陛下はうむうむと満足そうに頷かれます。
「ジョゼフィーヌ、これでよいかな」
「ありがとうございます陛下」
「それでは続いては姫の今後についてであるが」
ん? ユベールさんに爵位を与えるのは、ジョゼ様の功績に対する恩賞のはず。それとは別に何かの役職にでも就けるつもりなのか、称号でも与えるつもりなのでしょうか。
そこはジョゼ様も同じように感じたらしく、自身への恩賞は不要だと仰られておりますが、陛下は恩賞ではなく、今後の王国に必要な政略の話であると仰います。
「姫の願いによりルフェーヴルは存続と相成ったが、一度は王家に牙をむいた家。有体に申せば信ずるに足らぬ家である」
「ユベールに限ってそのようなことはございません!」
「ならばジョゼフィーヌよ、そなたが責任をもって手綱を握るがよい。伯爵家の女主人としてな」
ものすごく回りくどい言い方でございますが、要約すると「お前、ユベールと結婚しろ」ってことですね。
あ、今度はジョゼ様が「聞いてないよ……」みたいな呆けた顔をしています
推挙したのはお前なんだから、自分で責任もって面倒見ろやと仰る陛下。傍目には再び二心を抱かぬよう王家から嫁を送り込むという、まさに政略結婚のそれでございますが、ジョゼ様にとっては願ったり叶ったりのお話であり、上手いこと利用しようと見せかけて、その恋心を成就させようという陛下のお心遣いですね。黙っていたのはジョゼ様がユベールさんに黙っていたことへの意趣返しでしょうか。
なんだかんだでソックリの父娘じゃないですか……
「ジョゼフィーヌ。これも国家安寧のため、ルフェーヴル家に嫁いではくれまいか」
「陛下、私ごときの嫁ぎ先にご厚情を賜り感謝申し上げます。謹んでお受けいたします」
ジョゼ様……畏まって返事をしていますが、ニヤニヤが隠せてませんわよ。
「ユベールもそれでよいな」
「い、いや……よろしいのですか」
「なんじゃ? ジョゼでは不満か?」
一方のユベールさんは困惑することしきり。伯爵になれだの、姫様を嫁にやるだのと、戸惑って当然でしょうね。
「そなたはジョゼの従者であったゆえ、遠慮する気持ちは分かる。だが今日これからは伯爵家の当主。いつまでも従者気分でいてもらっては困るぞ」
陛下はユベールさんが困惑する理由を明確に理解しているようですが、だからこその処置であると念押しされます。
一連の流れで彼が爵位を得たことを、「従者風情が」と快く思わない者が少なからずいるはず。だからこそ、バックに王家が付いており、王のため国のために働く貴族の一員であると印象付けられる。想い合う2人が結ばれることで、それらの副次的作用も得られるとあれば、陛下としても利用する価値が十分にあるという判断なのでしょう。
「改めて聞く。ジョゼをもらってくれるな」
「王命、ありがたく拝受いたします」
ユベールさんが承諾すると、ホールは今日一番の歓声が沸き起こります。連日暗い話題ばっかりだったので、王国再建の新たな一歩と印象付けられることでしょう。
「みな静粛に! ……とまあここまでは喜ばしい話であるが、まだルフェーヴル公爵夫人への裁きを申し渡しておらん」
陛下の言葉で沸き上がったホールが一瞬で静まります。さきほど公爵と子息には裁きが下りましたが、夫人への言及はされておりませんでした。いよいよそのときが来たかと、ロクサーヌ様が覚悟を決めたように俯いてそのときを待っております。
「夫人も公爵を止めなかった責においては連座となる。異存は無いな」
「仰せのとおりにございます」
「となればルフェーヴルの後継も決まったことだし、夫人には社交界からご退場願いたいところだが、困ったことにこのような書状が教会から届いておってな」
陛下が「困ったなー困ったなー」という思案顔で、1枚の紙きれを取り出すと、側にいた家臣に内容を読み上げるよう手渡します。
「読み上げます。『ルフェーヴル公爵グレゴワールとロクサーヌ夫人の離縁については、国教会の名においてこれを承認する』日付は……昨日付でございます」
「ということで、今この場にはルフェーヴル公爵夫人などという者はおらんのだ。おらぬ者の罪をどうやって問えばよいのか、余には皆目見当がつかぬ」
詭弁も詭弁。苦笑するレベルでこじつけです。
ブロワーズは神王国と言うだけあって宗教と政治が一体化しており、国教会とはすなわち王の管理下にある組織。形式上は神官、司祭などが組織立ってその任に就いておりますが、その任命権は国王。つまり、この離婚を承諾したのは陛下ということになります。
自分で認めておいて困ったなとはこれ如何に?
「ですが、それまで公爵夫人として成した罪は消えませんでしょう」
「ああすまん。ちょっと何言ってるか分からないですー」
「ですから!」
「え? なんだって?」
陛下のごまかし方が雑すぎて家臣たちも苦笑するしかありませんが、先ほど公爵家への処分が下された際にざわめきが起きたように、身を挺して国のために家中の恥を晒したという功績を認めるべきだと、彼女に対しては同情的な声が大きいし、今後の国家再建に彼女の実父である伯爵の見識が必要なので、国王が温情を与えたいと願う心もよく理解しているからでしょうか、誰一人異論を挟む者はおりません。
「陛下のご厚情はありがたく思いますが、それでは私の罪悪感が消えません」
「であるか。たしかにこれではロクサーヌの気が済まぬであろうから、罰としてある男のもとへ嫁ぐことを命ずる」
「どちらの……お家でしょうか」
「ラブレ男爵家への再嫁である」
ラブレ男爵ってラウールさんのことですよね? どこが罰なのでしょうか。
「皆も存じておる通り、ラブレ男爵ラウールはこたびの反乱鎮圧では警備隊を指揮し、各方面で成果を上げた勲功者である。その彼が褒美としてロクサーヌをどうしても妻に迎えたいと申すのでな。功に報いるため、君には辛い選択かもしれぬが是非嫁いでもらいたい」
ああ、信賞必罰をあきらかにするため、不承不承ながら国のために尽くせという建前でございますね。
「……承知いたしました。死を賜ろうともおかしくないこの身をもって国のためにお役に立てるのならば、謹んで承ります」
ロクサーヌ様は静かに承諾の意を表しておりますが、その目はハイライトが消え、冥く沈んでおります。おそらくあの表情はジョゼ様やユベールさんと同じく、「聞いてないよ……」という戸惑いでしょうが、違うのはその次に「ラウール、覚えてなさいよ!」という怒りも混じっているところですね。
ラウールさん、そこまでは責任持てませんからね……自分でどうにかしてくださいませ。
「取り急ぎ主だった者への恩賞は以上であるが、まだまだ功ある者は多い。信賞必罰がこれからの国是である。1人1人にしかと報奨が行き届くよう、十分に気を配るよう皆に申し渡す。よいな」
「ははっ」
「さて、オリヴァー君にキャサリン嬢。聞けばもう国に戻るそうじゃな」
「はい。もうすぐ卒業式なので戻らねばなりません」
そういえばジョゼと同窓であったなと、思い出したように笑う陛下。結構長く滞在してしまったので、卒業まで残り僅かなのです。
「ジョゼとユベールも行くのか?」
「そうですね。急ぎで戻ってまいりましたので、今一度皆様ときちんと別れの挨拶をさせていただければ」
「それと……あの男も連れてこないといけません」
「あの男……ああ、そういえばまだあちらで籠っておるのか」
そうですね。せめて自責の念に駆られて自発的に帰国するならばと思いましたが、一向に帰国しようとしないので、逃げられないよう監視が付いているはず。
強制送還させることも可能なのですが、ここまできたらジョゼ様たちが再び帰国の途に就く際に、戦利品としてその大荷物の中の1つとして梱包して差し上げることといたしましょう。
お読みいただきありがとうございました。
次回は3/26(土)投稿です。
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