山椒姫、企みの末路を知る
「ラウール、申し開きはあるかしら? 恥ずかしいったらありませんわ!」
「すいません調子に乗りました。ちょうどいい機会だから本心が聞けるかなぁって……」
ロクサーヌ様ご立腹です。ただ、顔が真っ赤なのは怒りではない別の感情であろうと思います。
「そのせいでケイトは涙ボロボロ流したんですが?」
オリヴァー、それは誤解です。むしろ可笑しくて涙が止まらなかっただけです。
公爵邸での乱戦が終結し、生き残った敵をことごとく捕縛して一息ついた頃、邸の一角で仁王立ちするロクサーヌ様とオリヴァー。そしてその前で小さく縮こまっているラウールさん。
結論を先に言いますと、ラウールさんは死んでません。ロクサーヌ様を庇った際、肩から背中にかけて剣撃を浴びましたが、裂傷は無く、単に打撲による傷のみ。痛みはあるでしょうが立てないほどではないはず。
なんで断言できるかと言うと、斬られて服が破れた際に見えたのですが、中に帷子を着込んでいたのです。その時点で命に別状はないと私は判断しました。
なのに今にも死にそうなフリをしてロクサーヌ様と繰り広げた茶番。おかしいと思ったんですよ。
「まあまあ、皆さん無事なのですから」
「ケイト、君もだ。なんでこんなにボロボロなのさ。傷も負ってるし」
私が仲裁すると、オリヴァーは責めの矛先を私にも向けてきます。怪我をしたのが心配なのは分かるけど、仕方ないでしょ。
「そりゃまあ戦闘ですから。傷の1つも負いますよ。ロクサーヌ様を守るのが第一優先ですし」
「だからって、こんなになるまで……」
「オリヴァー様、私のせいなのです。ケイトを責めないでください」
ロクサーヌ様が執り成すと、オリヴァーも私に怒るのは筋違いと思ったのか、今度は私に傷を追わせた伯爵を「コイツか、コイツのせいか!」と責め立てます。
今日のワンコは狂犬です。いつもの冷静なオリヴァーはどこへ行ったのやら……
「ふはははは。このようなところで無駄に時間を潰していていいのか? 私を捕えたところで計画は終わりではないぞ!」
オリヴァーに刃先を突きつけられ、どうやって料理しようかと責められるドラニエ伯ですが、そんなものは意に介さんとばかりの高笑い。どこにそんな余裕があるというのでしょうか?
「伯爵、残念ながら王都の制圧は失敗です。国王陛下、妃殿下をはじめ、主要な方々はみな保護いたしましたが?」
「ふん! そうやって笑っていられるのも今のうちよ」
「ああ、それってこれのせいかな?」
こちらに嘲笑混じりの視線を送る伯爵に対し、ラウールさんが無表情のまま何かの書付を広げて見せると、途端に彼の顔に驚愕の色が映りました。
「それは……」
「こちらの手の者で回収させてもらった。残念だが貴殿の思う通りには動かないよ」
その書付は国王の名を騙り、ルフェーヴル公爵を弾劾する書状。これが前線に届けば遠征軍は浮足立ち、その混乱に乗じてベルニスタ軍が攻め込んでくるという算段なのでしょう。
「公爵を弾劾するのは結構だが、それは貴殿の仕事ではなく後々国王陛下が裁定される話だな」
ラウールさんの言葉に己の策が瓦解したと察した伯爵。それでもなお、まだベルニスタ軍の驚異は去っていないと強気な姿勢を崩しはしません。
「この国の貧弱な軍勢で押し返すことなど出来まい。前線が打ち破られれば、今の王都で守ることなど出来ぬわ!」
「ああ、それなら面白い話を聞かせて差し上げよう。ベルニスタ軍なら早晩兵を退くぞ」
次に声を出したのはオリヴァー。何を根拠にと嘲笑う伯爵でしたが、気付いてないのですね。
その話を他国の者がするという意味に……
「遠征軍の大将はマルーフ・リングリッド辺境伯と言えば理解できるかな?」
「……まさか!」
「そのまさかだよ。義父上のことだから、今頃は国境を超えたことだろう」
「いや、既に都市の2つや3つは平らげているかもしれませんよ」
「……ああ、守りの薄い今、義父上ならあり得るな。そういうわけで、ベルニスタ軍は本国防衛のため早々に退却するでしょう。つまり、貴殿の目論見は果たせないわけだ」
ここにきて強気を崩さなかった伯爵も、とうとう観念したようです。とは言っても、己の策が上手くいかなかった責任を他者に擦り付けるかのごとく方々を罵倒しておりますので、見苦しいことこの上ありません。
「貴様らが、トランスフィールドさえ手を出さなければ!」
「人のせいにされては困りますね。全てはジョゼ様を我が国に留学させたのが事の始まりですよ」
この国の王侯貴族はなすがままされるがままに、己の立場を諦念の感情をもって甘んじて受け入れていると思たのでしょうか。そんなわけがないでしょう。
「ジョゼ様だけではありません。妃殿下に公爵夫人、それに国王陛下も、国のあり様を変えたいと願い、それが今だとお考えだったのです。貴方たちの蠢動のおかげです」
私やオリヴァーはそのお手伝いをしただけ。
「何故そこまで肩入れする……貴様らにとって何のメリットもないはずだ」
「メリットねえ……大切な友人であるジョゼ様のため、ですかね」
人を見下して利用するだけの存在と思っている、隠世の皆様には理解できないでしょうね。
「まして貴男は、己の栄達のみを望み、己のいた組織さえも見下していた一人ぼっち。分かれと言うほうが難しいでしょう。さあ、王宮へ連行していきましょう」
警備隊の皆様に次々に引き連れられていく反乱軍の面々。全員が一様に諦めの表情を浮かべる中、伯爵だけがいやだいやだと喚き散らしております。
「最後まで見苦しいな」
「ホントに。暗殺者なら自害の用意くらいしていると思いましたが」
「自害する覚悟も無かったか、そうなる未来を描けなかったか」
「どちらにせよ愚か者の末路ですわ」
「さて、伯爵から証拠も一式回収できましたし、我々も王宮に参りましょうか」
怪我の治療を終え、ようやく一仕事終えたと安堵したのもつかの間、オリヴァーがロクサーヌ様たちに促したことで、空気が一気に引き締まります。
それはそうです。反乱は鎮圧しましたが、公爵はまだ遠征先で健在。夫人や妃殿下、そして国王陛下のことを思うと、ここから先の処置のほうが大変なのですから。
「ロクサーヌ様……」
「ケイトが悲しむことはないわ。夫を窘められなかったのは妻の罪。ならばせめて、最後に公爵家の妻として、これまでの罪を夫と共に受けましょう」
仲の良い夫婦でなかったとはいえ、今からやろうとしているのは夫の断罪。理解する方も多くいるでしょうが、同じように裏切り者の妻とか毒婦なんて謗る口さがない者も多くおりましょう。そのことを考えると、気丈に声を発する夫人が痛々しく見えてしまいます。
見ればオリヴァーも心なしか気持ちが沈んでいるように見えます。彼女が自分で選んだ道とはいえ、今から向かう先は死地。誰が好んで連れて行こうと言うのでしょう。それを押してもなお、話を切り出さざるを得なかったその胸中を察して余りあります。
「行こう、ロクシー」
「ラウール……」
決意はしたものの、足が竦んで動かないロクサーヌ様の手をラウールさんがそっと握りしめます。
「王宮までは俺がエスコートしよう。久々だから不作法は勘弁してくれよ」
ロクサーヌ様が握られた手を見つめながら、そっと目を閉じてしばらく。再び見開くと、それまでの愁いを帯びた表情は消え、公爵家の夫人たる威厳に満ちた顔つきへと変貌します。迷いを断ち切り、ご覚悟なされたのですね。
「……ありがとう。……さあ、皆様参りましょうか」
「はい!」
ひとまず反乱は鎮圧できました。ただ、ブロワーズ神王国、そしてロクサーヌ様や国王ご夫妻にとっては、これからがさらなる苦難の始まりとなるはず。
その最初の一歩を、今踏み出します……
お読みいただきありがとうございました。
次回は3/23(水)投稿です。
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