山椒姫、久しぶりにナニする
今回は5000字強。いつもよりちょっと長めです。
「逃げるな!」
「そう言われて待つ阿呆がおるか!」
邸の中は乱戦状態。これまで味方だと思っていたドラニエ伯の援軍が敵に回ったことで公爵家の兵は浮き足立っており、彼らにロクサーヌ様の身を任せるのは危険と判断して、リスクを承知で私が守りながらの戦いとなっています。
そのような状態ですので、こちらの動きに制約が大きいのもありますが、最大の誤算はドラニエ伯の戦闘能力を見誤ったこと。
「死ねー!」
「ああもう! 鬱陶しい!(バキッ!!)」
公爵家の私兵と斬り合っている反乱軍の兵が、入れ替わり立ち替わりこちらにも攻撃を仕掛けてきます。彼らを返り討ちにするのは容易いのですが、さらにもう一歩先、ドラニエ伯を仕留めんと向かう度に、部下を壁にするように上手く避けるものですからタチが悪い。
オッサンのくせに予想以上に動きにキレがあるんです……
「人の影に隠れて逃げ回る卑怯者!」
「何とでも言え。このような場所にノコノコ現われた己の軽挙を恨むことだな」
兵の影に隠れて陰湿な笑みを浮かべる伯爵。ミシェル王子もムカついたけど、まだ自ら向かってきただけ可愛げがありました。
一方でこの男は自ら手を下さず、最小限の労力で事を成そうとする。一番嫌いなタイプであると共に、勝つために手段を選ばぬ姿勢はこちらにとって脅威でしかありません。
(まずいわね……)
反乱軍の数は思ったより多い上、練度の差もあってか、次第に公爵家の兵が劣勢に立たされてきます。こちらに向かってくる相手が徐々に増えてまいりました。
邸の中という狭い空間、そしてロクサーヌ様を庇いながら壁を背に動く今の私では、最大の武器である敏捷性もあまり生かせません。できれば長期戦を避けたいところだったのですが、そろそろキツくなってきました……
「まだまだ貴様らの苦しむ姿を見ていたいが、こちらにも都合があるのでね。そろそろ俺は消えるとしよう」
「逃がすか!」
「お前の相手はこっちだ!」
――キィン! キィン!
「邪魔!」
――カキィン!
「くそっ、これなら!」
撤退を図る伯爵を逃がすまいと迫る私たちを妨害する敵が、直接攻撃だけでは仕留められないと判断したのか、何かが入った瓶を次々と投げつけてきました。
何かの薬剤であればロクサーヌ様が危険だと判断した私が盾となり叩き落としていきましたが、瓶が割れ、中に入っていたものが四散すると、辺り一面が煙で覆われていきます。
「……しまった!」
瓶の中に入っていたのは、外気に触れることで煙を発する薬剤だったのでしょう。外での戦いであればあまり役には立ちませんが、このような狭い空間では視界が遮られてしまします。
「もらった!」
「ふざけんな!」
――ズバッ!! バシュッ!!
こちらが怯んだと見るや、同時に左右から襲いかかる敵。視界が遮られたところに迫られたので、息づかいや足音から判断して最短の動きで相手を制した結果、相手は腕や腹に私の一閃を受け、血を流して倒れております。
「ケイト! 血が」
「大丈夫ですロクサーヌ様。ただの返り血です」
敵の傷口から吹き出す血しぶきで私の衣装も赤く染まり、ロクサーヌ様は狼狽えております。私自身は敵を斬ることに躊躇いはありません。ただこうなる可能性を考え、彼女の近くでは血が流れる様を見せたくなかったので打撃中心で戦っていたのですが、なりふり構っていられなくなってきたのです。
「ゴホッゴホッ……」
「奥様、煙を吸わないように」
「今だ! かかれー!」
煙が目や気管に入ったせいでロクサーヌ様が咳き込んでおります。かく言う私も目がチカチカして痛いのですが、敵がこれ幸いとばかりに煙の向こうから一気に襲ってきますので、痛いだの痒いだのと言っていられません。
「はぁっ! (バシュッ!」
「おりゃー! (ガキッ!)」
視界が遮られてどちらから敵が来るのかすぐには分からず、すんでのところで防ぐのがやっと。しかしこのまま煙に巻かれたままだとジリ貧なのは確実。
(どうする……私)
「小娘! 終わりだ!」
幾人もの攻撃を切り払っていくうちに、私が疲れてきたと判断したのか、伯爵が初めて自分から攻勢に出てきました。この剣速、油断なりません!
「どうしたどうした。さっきの威勢はどうした!」
(私が目をやられていることを割り引いても、この人は十分に強い。なのに何故、この人は自分で戦おうとしなかったのよ)
「ボケッとしてんじゃねえよ」
「くっ……」
自分でも気付かない疲れが見え始めたせいか切り払うことが出来ず、つばぜり合いの形になってしまい身動きが取れません。
「きゃあっ!」
その瞬間に響く悲鳴。動けない私を尻目に、兵の1人がロクサーヌ様に向かって剣を振り下ろし、彼女が必死に避けている姿が見えました。
「ロクサーヌ様!」
「隙あり!」
――シュッ
「うわっ!」
「ケイト!」
押し込んでくるのをなんとか往なし、ロクサーヌ様の元へ全力で駆け寄ろうとしましたが、私がそう動くであろうことを見越した伯爵が横薙ぎ一閃。僅かに反応が遅れてしまい、左腕を切りつけられてしまい、綺麗に切られた切り口から血が流れ出ます。
「くそっ!」
「死ねやぁ」
ですが痛いだのと言っていられません。痛みを堪えたままロクサーヌ様を救うべく敵に向かいますが、彼女に対して再び向けられた刃は止まることを知らず振り下ろされる。
(間に合わない。腕の1本覚悟で……)
身代わりに一撃を受ける覚悟で突っ込もうとしていると、反対側からロクサーヌ様に向かってくる1人の影。
「ロクシー!」
――バスッ!!
「ぐわああっ!」
「ラウール!」
「ラウールさん!」
一面に漂う煙を裂いて現われたのはラウールさん。敵に対することなく、一目散にロクサーヌ様を庇うよう抱いた瞬間、攻撃を受けて肩口を斬られてしまいましたが、床に転げ伏せでもなお彼女の盾になるべく全身で庇っております。
「邪魔をするな!」
「邪魔はそっちだこの野郎!」
伏せる2人にとどめを刺すべく、敵が再び剣を振り下ろしますが、それよりも早く私の一撃が相手を沈めると、急いでラウールさんの元へ駆け寄ります。
「ラウールさん、しっかりして」
「俺は大丈夫だ。それよりも援軍を連れてきたから、早くロクシーを安全なところへ……」
見れば敵を蹴散らして向かってくる数人の兵士。何人かは顔を覚えておりましたので、それがラウールさんの配下の方だとすぐに分かりました。
「皆さんはロクサーヌ様とラウールさんを」
「お嬢ちゃんも出血しているじゃないか」
「私は……あの男を倒します」
左腕の怪我は僅かに避けきれなかっただけで、それほど重傷ではありませんが、貴族の令嬢が血を流しながら片手で剣を握り、眼前の敵をこれでもかと睨みつける姿がとても異様に映ったのでしょう。警備隊の皆さんが無茶をするなと止めてきます。
「あいつだけは逃がすわけにはいかないんです」
「しかし、その怪我では……」
「この程度の怪我で退くほど、聖騎士の名は軽いものではございません」
主に訓練でですが、これよりも酷い裂傷を経験しておりますし、何度か骨も折れてます。誰に怪我させられたかはご想像にお任せです。
「ドラニエ伯はその子に任せよ……」
「隊長、いいのですか」
私の気迫に圧された皆さんが口ごもっていますと、蹲っていたラウールさんが私に任せようと言って周囲を制します。
「ただ……お嬢さん。無茶だけはするなよ。俺が……オリヴァー君に怒られる」
「分かりました。ラウールさんはロクサーヌ様と早く」
「ラウール動ける?」
「いや……ちょっと無理だな」
「仕方ない。お嬢ちゃんが伯爵を倒すまで、俺達はここで他の敵を食い止める! 隊長と夫人に指一本触れさせるな!」
「おう!!!」
そう言うと、警備隊の皆さんが2人を囲うように守りながら、敵を一手に引き受けてくれます。おかげでようやく、伯爵と真っ向から向き合うことが出来ました。
「おやおや、折角援軍が来たというのによろしいのかな?」
「そちらこそ、逃げ出さなくてよろしいのかしら。このままだと囲まれますわよ」
「手負いの小娘相手に尻尾を巻いて逃げたなどと言われては癪だからな」
「その思い上がりが致命傷よ! (スタタタッ!)」
「小癪な! (ダダダッ!)」
お互いに罵り合いが済むやいなや、剣を手にした両者が互いに相手を制さんと距離を詰めます。
「どりゃー!」
――シュッ
「っと」
「それっ!」
――キィン! キィン!
「思ったより早いな、だがこの一撃、腕一本で受け止めきれるか!」
――ブオンッ!!
私が右腕しか使っていないのを見て、伯爵が両腕で剣を振りかぶってきました。たしかに今は片腕しか使っていません。そのまま受け止めようとすれば弾き飛ばされるでしょう。
ですが……
「攻撃するのは手だけじゃないわよ! (ドスンッ!)」
「ふぐっ!」
伯爵の一撃を見切り、これまで見せなかったスピードで懐へ潜り込んだ後に、久々に膝蹴りでナニをナニします。
アンタも好きねぇとか言わないで。男相手にはこれが一番効くんですから。
「ぐっ……馬鹿な」
「もしかして、さっきの私の動きが全力だと思いまして?」
本気を出せばもっと早く駆け回ることも出来ましたが、狭い室内で何があるかわかりませんし、ロクサーヌ様の安全を最優先にと考え、動きを抑えていたのです。
伯爵が思ったより強かったのもありますが、そのせいで仕留めきれなかったし危険な目に遭ったので、結果的に悪手でしたので、後で多分、いや間違い無く、オリヴァーに怒られるでしょうが、おかげで私の実力を過小評価されていたわけです。
「武器も持たぬ女性を守りながら戦っていたのですから、多少は実力を割り引いて見るべきでしたね」
他人は自分に操られるだけの存在と見下した、貴男の負けです。後ろを気にしなければ、腕の1本使えなくても貴男ごときに後れは取りませんから。
「まだ……負けてはいない……」
「往生際が悪い! (ボコッ!)」
「ふぎゃっ!」
急所を撃たれて息も絶え絶えながら、まだ足掻こうとするドラニエ伯に、再び蹴りを入れて完全に気を失わせます。
どこを蹴ったか? それは想像におまかせします。決してそういう嗜虐趣味があるわけではございません。抵抗する力を奪うために、確実な手を打ったまでですので悪しからず。
「やったな、お嬢さん」
「そちらも粗方片付いたようですね」
「ああ。伯爵が捕われて士気がガタ落ちしたのがデカい」
他の敵を討っていた警備隊の方が戦況報告を兼ねて話しかけてきました。
「王宮の方は?」
「そちらもオリヴァー殿や貴国の者の助力で、何とか抑え込んだようです」
「それは重畳。ふぅ……なんとか役目は果たしましたね」
ひとまず肩の荷が下りたと感じたら、急に疲れと痛みが出てきました。
さっきの煙で目は痛くて涙が止まりませんし、かすり傷とはいえ腕から出血もしています。戦闘中は興奮で痛みが抑えられていたのですが、いざ終わって冷静になると、鏡を見ずとも己が酷い有様だろうなということが容易に思い浮かびますね。
「ラウールさんと夫人は」
「夫人に怪我は無い。だが隊長が……」
先ほどロクサーヌ様を庇い、敵の一撃をまともに食らったラウールさんが、未だに立ち上がれないと言うのです。
(いや……そんなはずは……)
たしかに直撃でしたが、命に関わるようなところまでではないと思っていた私は、すぐさまラウールさんの元へ駆けつけると、伏せる彼の手を取り、涙を流しながらその身を案ずるロクサーヌ様と、途切れ途切れに何やら会話をしておりました。
「ラウール、ダメよ。死んではなりません」
「ロクシー、ありがとう。最後に君を守れて本望だ」
「嫌よ! そんなこと言わないで」
(おいおい……なんだこの茶番……)
まるで死に際に最後の言付けをするかのごとく話すラウールさん。ロクサーヌ様は気付いてないようですが、多分死なないよその人……
「君が公爵家に嫁いだ以上、想いは断ち切らねばと思っていたが、俺には無理だった。今でも君のことを愛している。ロクシー、君はどうだった?」
「私は……」
(死にかけの割によく開く口だな……ロクサーヌ様も気付こうよ)
「最後に君の口から聞きたい。それがどのような答えでも、それが聞ければ俺は安心して行ける」
「……好きよ。今でも貴男のことが好きよ! これでいい? だから死んではなりません!」
(うん……死なないよ多分)
ラウールさんが明らかにわざと言わせているのだろうと思うと可笑しくて、ただでさえ涙目の私はボロボロ涙が溢れてきます。もう勘弁して……笑いを堪えるのも精一杯ですよ……
「ケイト無事か!」
「オリヴァー!」
「目が真っ赤じゃないか! 何故泣いている? ………まさか!」
二人のやりとりを眺めていたら、オリヴァーが救援に駆けつけてきましたが、私の顔と側で伏せるラウールさんの姿を見るなり、慟哭に満ちた表情を浮かべます。
いや……違うから。多分そういうシーンだと察したのでしょうが、絶対に違うからね。
お読みいただきありがとうございました。
次回は3/19(土)投稿です。
よろしくお願いします。




