決闘
「では決闘を開始する!」
立会人の号令と共に、ハヤトはぼくに剣の狙いを定めた。
「倍速!」
その瞬間、ハヤトは超加速した。
ぼくが身構えるより早く、剣がぼくの腹を貫通していた。
それはあまりに素早い動作で、まるで反応できなかった。
「なんだ、拍子抜けだな」
ハヤトは退屈そうに呟いた。
「やったか!」
レオン派から歓声が上がる。
だが、ぼくは刺さった剣を見下ろし、思った。
……腹か。甘い。
相手を一撃で仕留めるなら、心臓を一突きにするか、首を落とさなければ。
腹を刺したくらいでは、すぐには死なない。
ぼくは何事もなかったように、腹に刺さった剣の柄を握った。
「……え?」
ハヤトの顔から笑みが消えた。
剣を引こうとするが、ぼくが握っているから抜けない。
「君、速いね」
ぼくは素直な感想を述べた。
「それが強化者の能力? まったく反応できる気がしない」
攻撃自体は甘いが、この速度で繰り出されたらぼくにはどうやっても避けられない。
「君の能力は、本当にすごいよ」
ぼくが笑顔を浮かべると、ハヤトは青ざめ、剣から手を離して飛び退いた。
「な、なんで……お前、不死身なのか? なぜそんなに平然としていられる?」
狼狽えるハヤトに、ぼくは答えた。
「刺されるのは慣れてるから、このくらい、どうってことないよ」
「え?」
広場が静まり返る。
死の苦痛に慣れたぼくには、この程度の痛みは問題にならない。
「いや、待て、明らかに致命傷のはずだが……」
ハヤトはさらに後退りする。
「内臓もやられているね。これは多分助からない。でも、まだすぐには死なないよ」
ぼくは腹から剣を引き抜き、二刀流のように構えた。
腹部から血が吹き出し、周りから悲鳴が上がる。
「この剣、返したほうがいいかな。そうしないと勝負にならないよね」
「ひっ……!」
ハヤトの顔色は真っ青だった。
「な、なんなんだお前! 本当に人間か!」
何をそんなに動揺しているのか、ぼくは首をかしげる。
「もちろんごく普通の人間だけど?」
「う、嘘だ!」
彼を落ち着かせるため、ぼくは穏やかな表情で歩み寄る。
「む、無理だ! 俺の負けでいい。だから近寄るなぁ!」
ハヤトはそう叫ぶと、ぼくに背を向けて逃げ出した。
「勝者は……」
静まり返った広場で、立会人が声を出そうとした。
「ぼくの負けだね。まったく、あんな能力に勝てっこないよ……」
ぼくはそう呟いて、出血多量でぶっ倒れて死んだ。
◇ ◇ ◇
ぼくはただの浪人生。戦いなんて向いているはずがない。
ましてや、特殊な能力を持つ強化者と剣を交えて、万に一つも勝ち目はなかったのだ。
それなのに、街の運命を決めるような大切な決闘を、成り行きとはいえ受けてしまった。ぼくはそれを深く後悔した。
あれからハルカはどうなったのだろうか。彼女の大切な街は、守れたのだろうか。もちろん、自分が死んだ後のことを知る術はない。
霧散した意識が再び集まり、ぼくが自分の体を認識できた時、気が付くと、ぼくは自転車にまたがり、信号待ちをしていた。
湿ったアスファルトの匂い。
ぼくはまた、現実世界へ戻ってきた。
別世界で死ねば現実世界に戻り、現実世界で死ねば別世界へ行く。これまでに何度もぼくが経験した法則だ。
しかし今回、現実世界に戻ってきて初めて感じる違和感があった。
ここは、帰宅途中の道。自宅まであと一分くらいの場所だ。
これまで別世界で命を落とした際は、いつも現実世界でぼくが刺される直前、自宅に到着した時間に戻っていた。
だが今回はそれより少し前の時間に戻ってきている。
その理由は分からないが、この変化は好都合だ。ぼくは即座に一つの決断をした。
このまま自宅に向かえば、またあの黒の暗殺者に刺されることになるだろう。(ぼくは勝手に暗殺者をそう呼ぶことにした)
ぼくはすぐに自宅と逆方向に自転車を漕ぎ始めた。
刺されるまでに一分の猶予は大きい。
黒の暗殺者は今も自宅でぼくの帰りを待ち構えているはず。
全速力で自転車を走らせること二分。ぼくは高速で車が行き交うバイパス道路を走行していた。
おそらく、いつもぼくが刺されたであろう時間はもう超えたはずだ。
現実は変えられた。ついに、現実世界での死を回避できたのではないだろうか。
しかし、その喜びはほんの束の間だった。
後方から一台のバイクが高速で近づいてきた。
エンジン音が驚くほど静かなそのバイクとすれ違った瞬間――
ぼくの背中に刃物が突き立てられ、それはぼくの心臓を正確に捉えていた。
驚き以上に、ぼくは冷静に感心した。
バイクですれ違いざまに、背後から心臓をひと突き。一体、どんな訓練をしたらこんなことができるのだろうか。さすが、黒の暗殺者……
自転車走行中に心臓を貫かれたぼくは派手に転倒した。車道を転がったぼくは、走行中のトラックに激突し、宙を舞った。
一瞬で全身の骨が砕け散った。
ギュリオォン、ギュリオォン。
スマホが不気味な音を立てた直後、ぼくの意識は途絶えた。
永遠に、死の苦しみが繰り返されるという無間地獄。
ぼくは、まだその地獄から抜け出せていない。




