責任回避
こちらの世界はいつも、悪夢の黒い異形、マリスとの戦いから始まる。
「みー、うし、ひー、みー、ひー、うし、みー、じゃん!」
ぼくは覚えた歌を口ずさみながら、その通りにステップを刻み、マリスの攻撃をすべて回避する。
この場面の攻略は、もはや完全にマスターした。
その後ぼくは、マリスの戦場から脱出し、兵団の馬車に拾われ、ミラと話しながら霧の街に行く。
そして、霧の塔を訪れ、ハルカと出会い、新しい家で暮らし始め、そこで一週間の穏やかな生活を送る。
ここまで、前とまったく同じだ。
しかし、支配者レオンがハルカに対してこの街の支配権を主張してきた時、ぼくはミラが提案した決闘の参加を断固拒否した。
予想を裏切られたミラは数秒絶句した後、懇願するような目でぼくを見た。
「そんな……強いやつと言ったら、あんたしかいないだろ?」
「ぼくは強くない。あいつと戦ったら、一撃で負けて死ぬ」
地獄の果てに辿り着いたこの街で、ようやく穏やかな生活を手に入れたというのに、なぜ負けるとわかっている戦いに飛び込まなければならないのか。
「いや、戦場での様子を見る限りそんなはずは……」
ぼくの反応に慌てながらも、ミラは食い下がる。
「ミラ、無理強いはいけません。そもそも、この街に来て間もないカナタさんに、この街の運命を背負う責任はありませんわ」
穏やかにミラをたしなめたのは、ハルカだった。
「おやおや、それではどうするのです? そちらから決闘の提案をいただいたのですから、相手を決めていただかなくては」
レオンが呆れた顔をすると、ミラは助けを求めるように視線を泳がせた。
兵団の隊長の姿を見つけて声をかける。
「もう頼れるのは隊長しか……」
「悪いな、俺はこの件については中立派なんだ」
だが、兵団の隊長は受けてはくれなかった。兵団の他のメンバーたちも視線を外している。
その様子を見て、ミラは心を決めたようだった。
「仕方ない。じゃあ、あたしがやるしかないね。もともと言い出したのはあたしだ」
そう言ってミラは剣を構えて進み出る。
「ミラ……」
ハルカがためらうように呟いた。
ミラも街を守る兵団の一員。剣の心得くらいはあるに違いない。
とは言え、特殊能力を持たない者が、レムウォーカーに勝てるものだろうか。
ぼくはそう思ったが、もうどうしようもない。
実際、提案したのは彼女だ。
街の広場で、強化者ハヤトと、ミラが向かい合う。
「女が相手でも俺は手加減はしない。今は力を見せつけることが大事だからな」
ハヤトは冷たく言い放った。
「では決闘を開始する!」
立会人が宣言した途端に、ハヤトは能力を発動する。
「倍速!」
ハヤトの動きが突然速くなり、高速の刃がミラを襲った。
ミラはよく見ていた。初撃はうまく剣でいなした。だが、ハヤトの攻撃は止まらない。
ミラが剣を一振りする間に、ハヤトは二振り。
ミラもこの速い攻撃に何とか応じてはいるが、明らかに劣勢だった。
幾度か剣を交えた後に、ミラが大きく剣を振りかぶった。その隙をついて、ハヤトはミラの懐に飛び込み、剣で彼女の脇腹を貫いた。
「ミラ!」
ハルカが悲鳴のような声を上げる。
「……なんて速さだ。あたしに、勝てっこないね」
ハヤトが素早く剣を引き抜いて身を翻すと、ミラは傷口に手を当て、膝をついた。
「ハルカ、すまない。この街の支配権をかけた決闘なのに、この体たらく。あたしの命程度では到底償えないね……」
ミラは苦しそうに顔を歪め、頭を垂らした。
「逆です。この街の支配権なんて、あなたの命と比べたらどうでもいいことです。そんなもの、いくらでも差し出しますわ」
ハルカはミラに駆け寄り、大粒の涙を流してミラを抱きしめた。
「勝者は、ハヤト!」
立会人が決闘の終わりを告げる。
その後ミラは医療室に運ばれたが、間もなく昏睡状態に陥った。
ハルカは一晩中ミラの手を握り、付き添っていたが、朝になるとミラの呼吸は止まっていた。
ぼくは何もせず、ただ見ていただけだ。
だって、ぼくには関係ない。
ぼくはただ、この穏やかな街の暮らしを続けられれば、それでいい。
ぼくは悪くない。どうせ何もできない。
これは、どうしようもない出来事だ。
けれど、ミラは死んだ。
いつも読んでくださってありがとうございます!
『面白い』『続きが気になる』と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
その一つ一つが、次の展開をより面白くする力になります。




