支配者
霧の街で穏やかな日々を過ごして一週間ほど経った頃だった。
霞のかかったような朝日を浴びながら街を散歩していると、街の中央にそびえる霧の塔の周りに、いつもと違う人だかりができていた。
「支配者が来たぞ……」
「今日は決着をつけるつもりらしい」
不穏なざわめきが広がり、何やら物々しい様子だ。
塔の窓からぼくの姿を見つけたミラが声を上げた。
「カナタ、大変なんだ! すぐにハルカのところへ来て欲しい!」
ぼくは人垣をかき分け、塔の中へ入った。
前にハルカが絵を描いていた広間では、あまり友好的とは思えない一団がハルカと向かい合っている。
その一団を代表するように、ハルカの前に一人の青年が立っていた。
「この街は、私が治めるべきでしょう」
整った身なりで、堂々とした立ち姿。
口調は穏やかだったが、周囲の空気を支配しているような、圧倒的な存在感があった。
ぼくはミラに小声で尋ねる。
「誰なんだ?」
「レオン。今この街で勢力を広げているレムウォーカーの支配者だよ」
ミラは顔をしかめて囁いた。
「支配者は、人を服従させる能力を持ってる。強い意志を持たない者は、逆らえなくなる」
詰め寄られながらもハルカは毅然とした眼差しで首を振る。
「誰かが統治しなければ、この街は成り立たないのでしょうか? 決して派手ではありませんが、今でも十分穏やかな暮らしができていますわ」
するとレオンはわざとらしくため息をついた。
「では問おうじゃありませんか。今のままで、マリスからこの街を守り切れるのでしょうか?」
ハルカの表情が固くなるのが分かった。
「有事の際は、一人の指導者のもとで動く集団の方が強いのですよ」
ハルカの代わりに口を開いたのはミラだった。
「だったら、ハルカが街を率いればいい。ハルカがこの街を創ったんだ!」
レオンは動じることなく頷く。
「もちろん彼女の功績は認めていますよ。けれど、街を創ることと、街を守ることは違います。マリスが攻めてきた時、彼女は本当に兵を率いることができますか?」
重苦しい空気が場を包んでいた。
「そうだ、創造者では戦えない」
「レオン様こそこの街の支配者に相応しい」
「後から街にやってきた支配者なんかに、この街を好きにさせてたまるか」
「私は常にハルカと共にあります」
その広間にいる人々、さらには霧の塔の周囲に集まっている人々は、ハルカ派、レオン派の二つに割れていた。
まさに一触即発の様相。このままでは本当に内戦が始まりそうだ。
その時だった。
「強さが問題なんだろ? だったら、強さで決めるってのはどうだい?」
ミラが得意げに言い放った。
「もちろん、この街が真っ二つに分かれて戦う、なんてことになったら自滅だろ? だから、双方を代表する戦士たちが一対一で戦って、決着をつければいいじゃないか」
それを聞いたレオンはしばし目を閉じ、そして応じた。
「つまり、それぞれの派閥で最強の戦士同士を戦わせて、その勝敗でこの街の支配権を決める、ということですね」
そこでレオンはニヤリと笑みを浮かべた。
「面白い提案です。私はその条件で構いませんよ。ならば、こちらからは最速の強化者、ハヤトを出しましょう」
すると一人の男が進み出た。
「俺か?」
ハヤトという男、なかなか強そうだ。
ぼくはミラを見た。
ハルカ陣営からはどんな強者が出てくるのだろう、と他人事のように思ったその時だった。
ぽん。
ミラから肩を叩かれた。
「ではカナタ、頼んだよ」
「……え?」
「強いやつと言ったら、あんたしかいないだろ?」
「いやいやいや!」
ぼくは全力で否定したが、街の命運を懸けた決闘に巻き込まれることになってしまった。
霧の塔を出た場所にある街の広場が、即席の決闘場となった。
ぼくはもはや成り行きに任せ、立会人の下で互いに剣を構える。
「これより霧の街の支配権を賭けた決闘を始める。ハヤトが勝利すればこの街の支配者はレオン。カナタが勝利すればこの街の支配者はハルカ」
胸当てだけの軽装備を身につけたハヤトは余裕たっぷりに笑みを浮かべている。
「カナタと言ったか。運が悪かったな。よりによって相手がこの俺とは」
そして剣先をぼくへ突きつける。
「降参するなら今のうちだ。痛い目を見ずに済むぞ。何せ俺はマリスの攻撃を受け流したこともある。そして、一太刀浴びせてやった」
ハヤトの言葉に周囲がざわめく。
「あのマリスに傷を?」
「さすがハヤトだ!」
ぼくは無言で剣を構え続けた。
「どうした? 圧倒されて声も出ないか? だが、俺を前にして腰が引けていないその勇気は褒めてやろう」
正直、人間一人を前にしたところで何も怖くはなかった。
何百回も暗殺者に刺され、マリスに身体を砕かれ続けたぼくだ。
それに、目の前のハヤトの構えは、ぼくから見ても明らかに素人の構えだった。
「はん、その程度じゃカナタには及ばないね」
威勢の良い声を上げたのはミラだった。
「カナタはね、マリスが何十体もひしめく戦場で、奴らの猛攻を平然と見切って、抜け出してきたんだよ」
「……は? 何十体?」
「しかも歌まで歌って、まるで楽しいオペラを演じるようにね」
ハヤトの表情が固まる。
「あの悪夢を楽しむ?」
「そうそう」
だいぶ誇張が入っているのでぼくは苦笑いした。
ハヤトの顔から余裕の表情が消え、ごくりと唾を飲み込むのが分かった。
「なるほど。その落ち着きは本物、ということか。ならば俺も最初から全力で挑むとしよう」
……できれば最初からハードルを上げないで欲しかった。
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