理想郷
ぼくはハルカの了承も得た上で、彼女が先ほど描いた新しい家に住まわせてもらうことになった。
あれほどあっさり描いた家なのに、煉瓦と木のしっかりとした造りで、ダイニングキッチン、リビング、寝室、風呂とトイレもあり、部屋にはとても座り心地の良い椅子や、ふかふかのベッドまである。
ぼくにとってまさに、夢のような家だった。
ぼくはハルカに感謝した。
こんなに立派な家で生活したことはこれまでになかった。
嬉しくなって家の周りを歩いていると、隣の家の女性と目が合った。
「今日からここに住むことになった、カナタです」
挨拶をすると、女性は笑顔で答えてくれて、ぼくにたくさんの野菜をくれた。
畑で採れたものらしい。
今のぼくにはお返しできるものがないと言うと
「気にしなくてもいいのよ。食べきれなくて手伝って欲しいだけだから」
と気にもしていないようだった。
そこでぼくは、他の近隣の家にも挨拶に行った。
どの家も優しく迎えてくれて、野菜や肉、油や塩までくれた。
肉は主に羊の肉だ。街の外でたくさん飼育されていたあれかもしれない。
店のないこの街では、このように周りの家といろいろなものを分け合うことで生活が成り立っているようだ。
確かにハルカの言う通り、この街の人々は全員が一つの家族のようなものだと感じた。
金持ちも貧乏もない。例え何も持たずにこの街に来ても、誰でも住める家があって、食べるものに困ることもない。
周りから食料をもらうだけなのが心苦しければ、畑を耕してイモでも育て始めれば、もうすっかりコミュニティの一員だ。
さて、もらった食材をどう料理するか。
キッチンに必要な調理器具は一通り揃っていた。
ぼくはフライパンを熱し、もらった油をひいた。何の油かは分からないが独特の香ばしさがある。
そこに、スライスした羊の肉を投入。片面九十秒、ひっくり返して三十秒。
塩で味付けして皿に盛る。
同じフライパンにカットした玉ねぎとじゃがいもを入れて、玉ねぎが透き通るまで炒める。
完成。
あまり取り柄のないぼくだが、料理だけは少し自信がある。安い食材をいかに美味しく食べるかは、調理法にかかっている。
羊のステーキも、野菜のソテーも美味しかった。むしろ、こんな美味しい肉はなかなか食べられない。
どちらも素材自体がとても良質なので、むしろ油と塩だけのシンプルな味付けで十分だ。
食事の余韻に浸りながら、ぼくは風呂に入り、ふかふかのベッドに体を埋めた。
こんなに人間らしい時間が過ごせたのは、本当に久しぶりだ。
ぼくは満ち足りた気持ちで目を閉じた。
翌朝は鳥のさえずりで目を覚まし、昨日の残りの朝食をのんびり済ませると、様子を見に来てくれたミラが街を案内してくれた。
ぼくの知らない野菜や花を教えてくれて、いろいろな人にぼくを紹介してくれた。
広い公園では大勢が集まってバーべキューをしていて、ミラとぼくも誘われた。
そこでは皆で持ち寄った食材が振舞われていたが、ぼくは手ぶらだったので、代わりに大きな鉄板で料理を振る舞った。
「カナタのオムレツ、本当に美味しい!」
子供達のそんな一言が嬉しかった。
誰かに褒められるなんて、いつ以来だろう。
ここでは、誰もぼくを値踏みしない。
二浪しているとか、大学に行けるかどうかとか、親の年収も関係ない。
ぼくは、一人の人間として迎え入れられていた。
家族のように、必要なものは自然と分け合い、困っていれば手を差し伸べる。
何かを奪い合ったり、独り占めする者もいない。
この街では『親ガチャ』なんて存在しなかった。
そう気付いた時には、この街はもう、ぼくにとってかけがえのないものになり始めていた。
ここは、地獄の先で見つけた楽園。
こののままここでずっと暮らしたい。そう思った。
ところが、そんなぼくの穏やかな生活は長くは続かなかった。
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