ハルカ
「あなたがカナタさん?」
ハルカは好奇心とわずかな警戒心が入り混じったような目でぼくを見た。ぼくは当たり障りのない笑顔を作って頷いた。
「それにしてもすごい能力だね。描いた絵が現実になるなんて」
ぼくが素直な感想を口にすると、ハルカは謙遜する様子もなくごく自然な口調で答えた。
「創造者は自分の望むものを創造できますわ。私の場合、その手段が絵画なだけです」
「そうは言っても、街を作れる創造者は、滅多にいないのさ」
なぜかミラの方が胸を張って口を挟んだ。
「確かに、人によって、生み出せるものは異なりますわね」
「別の世界から来たレムウォーカーなら、誰でもこんなことができるのか?」
ぼくが尋ねると、ハルカは首を振った。
「レムウォーカーの能力は大雑把に三種類に分けられますわ。
望むものを生み出せる創造者。
身体を強化する強化者。
他者を支配できる支配者。
ものを生み出せるのは、創造者だけですわ」
三種類の能力……それぞれできることは異なるが、どれも強力に思える。
「つまり、ぼくも三つのうちのどれかに当てはまるのだろうか?」
「カナタは、身体を強化する 強化者だろ? じゃないとあんなに軽やかにマリスの攻撃をかわせるわけがない」
ミラはそう決めつけるが、ぼくの場合、何度も繰り返して覚えたパターンに対応していただけで、身体が強化されているわけではない。
死が繰り返されることが能力と言えなくもないが、あれは能力というより『無間地獄』だ。
「君はここでずっと絵を描いているの?」
ぼくはキャンバスに広がる街の絵を見ながらハルカに尋ねた。
「昼間は大体そうですわね。そうしているのが一番心が落ち着きますから」
するとハルカは改めてぼくを見つめた。
「カナタさんはここで何かしたいことがあるのですか?」
彼女から突然そう問われて、ぼくは返答に困った。
そもそも元の世界でも、特に何かやりたいことがあったわけじゃない。
「やりたいこと……今は特にはないかな……強いて言うなら、死なずに過ごしたいなと」
もう刺されたり潰されたりの繰り返しは十分だ。
するとハルカは初めて笑った。
「ふふっ、生きていればいいなんて、控えめな願いですわね」
正確に言えば、生きたいという強い意志があるわけではなく『死を繰り返したくない』だ。
「ですが、ここでは、意志の力がそのまま能力の強さになります。やりたいことがなければ、大きな力は出せないですわよ」
「いやいや!」
するとミラが声を張り上げ、首を振った。
「そんなことないんだよ。このカナタは、あのマリスの大群を前にして、歌いながら無傷で生還したんだ」
「まあ、それは頼もしいことですわ」
ハルカは驚いて目を見開いた。
「そのような力をお持ちなら、是非、この街を守っていただけませんか?」
ハルカは椅子から立ち上がり、ぼくの目を見た。
「この街は私にとって、とても大切な場所なのです。街の人々はみんな私の家族と同じです。悪夢マリスによって奪われるわけにはいきませんわ」
真っ直ぐな目だった。彼女が本当にこの街を守りたいことが伝わってくる。
「マリスだけではありません。この街を占領しようとするレムウォーカーもいます。私は『創る』ことしかできませんから、そういった悪意に対抗する力は持っていないのです」
しかし、期待を寄せられても、あいにくぼくにそんな大きな力はない。
「まあ、何か手伝えることがあれば協力するよ。ただ、ぼくができることは限られるけどね。できることと言えば……例えば、卵を上手く焼くことくらいかな」
「まあ、玉子焼き! それは期待できますわね」
ぼくの頼りない返答を気にすることもないように、ハルカはくすくすと笑った。
「こんなにハルカが笑うのは珍しいね。何がそんなに面白いんだろう?」
ミラが不思議そうに首を傾げると、ハルカは答えた。
「カナタさんは私に気を遣ったり、自分を大きく見せたりしないでしょう? そこに少し拍子抜けしたといいますか……安心したのですわ」
これまで特にやりたいこともなく、生きているのか死んでいるのかもよく分からない人生を送り、そして理不尽で惨めな死を何度も経験したぼくには、もはや他人に自分をよく見られたいという気持ちなど少しも残っていなかった。
「確かに、そこは少しハルカに近いかもしれないね。ハルカもとんでもない能力を持っているのに、全く威張ったりしないもんな。やっぱり、大物は違うんだねえ」
しかし、ミラはそれを大いに誤解しているようだった。
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