街の創造者
大通りを歩く人々の歩みはゆっくりで、誰も時間を気にしていないようだった。
所々にある公園では、子どもたちの笑い声が響き、恋人たちは静かに寄り添い、穏やかな時間を過ごしている。
ついさっきまで死と隣り合わせの戦場にいたことが信じられないほど、この街には穏やかな時間が流れていた。
街には煉瓦造りの建物や、ペンションのような木造の建物など、さまざまな家々が入り混じっていた。
どの家も古い印象は受けず、むしろ洗練された美しさを感じる。よほど腕の良い建築家がいるのだろう。
だが、不思議なことに、多くの家があるのに、飲食店や小売店のようなものは見当たらない。
「ホテルはあるのか? 今日はどこかに泊まりたいんだ。できればベッドがあるところがいい。もう何ヶ月も寝ていない気がするから」
ぼくがお願いすると、ミラは大げさに驚いた。
「おっと、何ヶ月も!? けど、この街にホテルはないんだ。ぐっすり眠りたいなら、いくつか空き家を紹介するよ。気に入ったところを使うといい」
「えっ、空き家って勝手に使っていいものなのか?」
思わずぼくはミラの顔を見返した。
「レムウォーカーってそういうことを気にするよな。今誰も使ってないんだ。気にせず使えばいいじゃないか」
「家や土地の所有者がいるかもしれないだろ?」
「土地の所有者?」
するとミラは呆れたように、足元の地面を軽く踏み鳴らした。
「カナタ、よく考えてみなよ。大地が誰かのものなんてことがあるはずない。あたしたちが大地に乗っかってるんだよ。あたしたちが大地の付属品みたいなものさ」
ミラはぼくの言っていることをまるで理解できていない様子だった。
どうやらこの街では、土地や家を『所有する』という考え方が存在しないらしい。
誰かが今住んでいる家を奪うのはさすがに良くないことだが、使われていない家や土地を使うのはごく自然なことのようだった。
ぼくには、その感覚がどうしても理解できなかった。あんなに立派な家が、まるで公園の遊具みたいな扱いだ。
「それだと、突然自分の家を誰かに使われて困らないか?」
ぼくが尋ねると、
「そんな話はあまり聞いたことないけど……そしたら全く同じものをまた作ってもらえばいいだろ」
ミラは当然のように答えた。
それはぼくにとって、あまりにも奇妙なことだった。
お金のある家に生まれれば、生まれながらに広く立派な家に住める。貧しい家に生まれれば、古く狭い家で暮らすしかない。
住宅を手に入れるためだけに、三十五年もローンを払い続けたり、一生かけても家が買えるだけのお金を稼げない人もいる。
そんな世界で育ったぼくには、空いているというだけで家を自由に使えるなんて、信じられなかった。
「同じ家を作ってもらうって……一体誰に?」
するとミラは街の中央にそびえる霧の塔を指差した。
「もちろん、創造者だ。そういえば、彼女もレムウォーカーだよ。カナタ、会ってみるかい?」
創造者という言葉の響きに気圧されそうに感じるが、この街を作った人物がぼくと同じレムウォーカーなら、一度会ってみたい。
ぼくが頷くと、ミラは霧の塔に案内してくれた。
「創造者はここでいつも絵を描いてる。あまり笑わないけど、ものすごく優しい人だよ」
塔の中は壁も天井も白く、静寂に包まれていた。
ミラはぼくを塔の広間の外で待たせ、入口で誰かと言葉を交わしていた。
やがて、小さく手招きをした。
「紹介するよ。彼女がこの街を創ったレムウォーカー、ハルカだ」
窓から差し込む柔らかな光を浴びながら、少女は一心に筆を動かしていた。
長い黒髪。
意志の強そうな瞳。
まだ幼さも残る、美しく整った顔立ち。
木製の小さな椅子に腰掛けた彼女は、ただ静かにキャンバスへ向き合っている。
その光景自体が美しい絵画のようで、目を離せなくなるものがあった。
彼女から感じる存在感は、この街の誰とも違う。
「見てみなよ」
ミラが小声で呼びかけ、窓の外を指差す。
ハルカがキャンバスへ色彩を描き加えた、その瞬間だった。
窓の外で、新しい家の土台が静かに姿を現した。
彼女が筆を加えるごとに、壁が立ち、部屋が増え、屋根が形を成していく。
ぼくは思わず息を呑む。
それは、本当の奇跡だった。
「ハルカ、新しいレムウォーカーを連れてきたよ」
ミラが声をかけると、ハルカは静かに筆を置き、座ったままぼくを見上げた。
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