霧の街
黒ずんだ枯れ木の荒野を抜けると、緑の大地が広がっていた。
澄み渡るような青空なのに、どこも薄く霧がかかっていて、地平線は霧の中に沈んでいる。
あちこちにある断層が生んだ起伏を避けながら、馬車は走っていた。
マリスの戦場から自力で抜け出したぼくは、マリス討伐の兵団に拾われ、馬車で彼らの街に向かっている。
周囲は高い木の生えていない草原で、陽の光を遮る木陰もない。兵団に拾ってもらえなければ、ぼくは野垂れ死にしていたかもしれない。
「それにしても、あんた、驚いたよ。あのマリスの大群の中で、平然と歌いながら生き抜くなんて、只者ではないね」
馬の手綱を握っている兵団の若い女戦士が、感心したようにぼくの顔を見た。
「あれはただの歌じゃない。攻略メモみたいなものなんだ」
ぼくにとっては何百回も繰り返して会得した正解パターンだが、彼女がそんなことを知る由もない。
「それに、マリスの攻撃は単純なんだ。あの触手の速さは脅威だけど、足の速さはそれほどでもないだろ」
「そうなのか? だとしても、まったく死と隣り合わせの戦場で、あんなに飄々と振る舞えるなんて、とんでもない胆力だよ。さすがはレムウォーカーだね。ところであんた、名前は?」
ぼくは、カナタと名乗る。
「カナタっていうんだな。あたしはミラ。兵団でも下っ端で、まあ馬車係みたいなもんさ。未だにマリスを前にしたら足がすくんじまうんだよ」
ミラは小さくため息をつきながらも、手慣れた手つきで馬車を操っている。
彼女は短くカットされた赤髪で、体は健康的に日に焼けている。年齢はぼくと同じくらいだろうか。
「ところで、マリスっていうのは一体何なんだ?」
気さくに話しかけてくれるミラに、ぼくは尋ねた。
「まさに悪夢さ。突然現れ、世界を汚す化け物だ。あれが街にまでやってきたら大きな被害になるから、あたしたちはマリスの情報を得たら討伐に向かうのさ」
ミラはそこで肩を落とした。
「けど、今回は正直、敗戦だわ。あんなに多くいるなんて予想もしていなかった。あたしたちだけでは手に負えないことを悟って、逃げ帰るようなものさ」
馬車には負傷した大勢の兵士たちが乗っていた。
マリスの攻撃を直接受けた者たちは皆、重症だ。中には既に息絶えている者もいる。
しばらく馬車が走り続けると、ぽつぽつと民家が現れ始めた。広い畑や、柵の中でたくさんの羊を飼っている家もあった。
やがて大きな川が見えてきた。向こうの河岸が霞むほどに遠く、流れの激しい川だった。
「そろそろだね」
その川にかけられた大きな橋を渡った先に、街があった。
「霧の街へようこそ」
橋の先にある頑丈そうな門が開かれ、中に入ったぼくたちを、街の人々は歓声と共に迎え入れてくれた。
「兵団が返ってきた!」
「ご無事で何よりです」
街の人々は次々に労いの言葉をかけてくれたが、
「褒められたような成績ではないんだけれど」
ミラが小さく呟き、バツが悪そうに頬を掻いた。
「今回は数が多いと聞き、不安に思っていました」
「ああ。想定していたよりかなり多かった。このところ、悪夢は増え続けている。生還者は七割だ。犠牲になった者も多い」
生還者も、ほとんどは傷を負っていた。戦いで腕や足を失った兵士もいる。
兵団の説明で身内の訃報を知り、涙を流す者も多くいた。
「ところでこちらの方は?」
街のひとりが、ぼくを見て尋ねた。
「ああ、彼はレムウォーカーのカナタだ。彼は、マリスの大群の中を、踊るように駆け抜けていた。歌まで口ずさみながらね」
「それはそれは……」
街の人々は目を丸くして、ぼくを上から下まで眺めた。
「あなたもお疲れのことでしょう。大したおもてなしはできませんが、まずはゆっくり休んでください。よろしれれば、そのままこの街に住んでくださっても構いません」
そしてぼくを快く受け入れてくれた。
街はこれまでよりやや濃い霧で覆われ、遠くまでは見渡せない。
街の中心に高い塔があることはシルエットで分かったが、その最上階は隠れて見えなかった。
「気になるかい? あの高い塔は、霧の塔って呼ばれてるんだ。この街、霧の街の名前の元にもなってる」
ミラが街の説明をしてくれた。
「あそこには、この街の創造者がいるんだよ」
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