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無間のハルカ・カナタ~死にすぎて致命傷でも平気なぼくは、生きるほど過去に戻る~  作者: マシナマナブ
第五章

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未練

 黒の暗殺者(シャドウリーパー)の刃さえ退ければ、生き延びられると思っていた。

 その先に待っていたものが、この絶望なのか。


「この核兵器は、従来のものとは桁違いの威力だと聞いている。東京だけでは済まない。神奈川も、埼玉も、千葉も呑み込まれる……」


 暗殺者は、立ち上がろうともしなかった。


「ここも安全ではない。じきに爆風が来る」


 ぼくは街の方へ向き直った。

 膨れ上がった巨大な火球は、街を覆い、丘陵を越え、ぼくたちのいる山へ迫っていた。


 その時、空間が破裂したような轟音が響いた。

 ハルカが耳を塞ぎ、ぼくも身を強張らせる。

 爆発音が、ようやくここまで届いたのだ。


 あの向こうに、ぼくの家がある。

 母さんは、家にいただろうか。

 父さんは、仕事に行っていただろうか。

 もし今あの街にいたとしたら、爆発の一瞬で身体は焼き尽くされていただろう。何が起きたのかも、まるで分からないまま。


 力が抜け、ぼくは膝から崩れ落ちた。

 自分の死には、あれほど慣れたのに。家族の顔を思い浮かべただけで、まともに息すらできない。


 ぼくが、あの動画を投稿しなければ……


 ぼくはただ、その滅びの光景を見つめた。

 すると、光の中で、何かが蠢いていることに気付いた。


 煙ではない。黒いものが、次々と上空に浮かんでいく。

 長い腕。ねじれた体。

 大きな赤い一つ目。

 ぼくは、あれを知っている。

 マリスだ。


 街のあった場所から、夥しい数のマリスが生まれていた。

 その一体一体が、ついさっきまで生きていた人間だ。

 彼らはこれからレヴェリアへ行き、人々を襲う。

 そして、ぼくたちももうすぐ……


『ぐすっ……パパ、ママ……お別れしたくないよ』


 頭の中にトワの泣き声が響いた。


「大丈夫だよ、トワ」


 ぼくは見えないトワに向けて手を伸ばした。


「ぼくは、またやり直す。ハルカと一緒に、また向こうの世界のトワに会いにいくから」


『……それは、トワじゃないんだよ』


 トワは全てを見透かしているようだった。


『パパがやり直して、ママとの間にまた赤ちゃんが生まれても……その子は、トワじゃないんだ』


 ぼくは言葉を失った。

 同じ道をたどれば、同じ未来が訪れる。

 これまではそう思っていた。


 けれど、改めて気付く。

 生まれてくる子供がぼくとハルカからどの遺伝子を受け継ぐのか。それは偶然に左右される。

 ぼくとハルカがもう一度出会い、愛し合ったとしても、全く同じあの子が、もう一度生まれてくる可能性はゼロに近い。


「トワ……」


 やっと分かった。

 命の巡り合わせは奇跡そのものだ。

 親ガチャ失敗なんて不平も言っていたが、ぼくが今ここにいることだって同じだ。


「すまない……せめてもう一度、顔を見られたら……」


 叶うことなら抱きしめたかった。

 返ってきたのは、泣き声だけだった。


「カナタさん!」


 涙を流したハルカが胸に飛び込んできた。

 ぼくは彼女を抱きしめた。背中に回された腕が、痛いほど強くぼくを締めつける。

 

 あらゆるものを吹き飛ばす灰色の壁が、山の稜線を越えた。

 木々が一斉になぎ倒される。

 ぼくはハルカの頭を胸に抱え込んだ。


 地面が消えた。


 そう思ったときには、ぼくたちの体は宙に浮いていた。

 もう何も見えない。

 腕の中の温もりだけを、必死につなぎ止めた。

 体の感覚がなくなっても、抱きしめていた。

 

 ぼくの最初の未練は、消してしまったSNSのアカウントだった。

 一生懸命に積み上げてきた数字。

 あの頃のぼくには、それを失ったことが大きな心残りだった。


 けれど今は、トワの声が耳から離れない。

 生まれたばかりの頃、いつも親指をしゃぶっていたトワを思い出す。

 ずっと、あの子の父親でいたかった。


 やり直したい。

 今度こそ、誰も失わずに済むところまで。

 戻るべき日は、あの動画を投稿する前だ。


 一週間前。


 その一週間を取り戻すには、レヴェリアで二百年近く生きなければならない。

 これまで、ぼくが生き延びられたのは、長くても一年ほど。

 その一年さえ、何度も死を繰り返して、ようやく手に入れたものだった。


 二百年。


 レヴェリアを生きる人間にも寿命はある。

 どうすれば、人の一生を超えるほどの長い時間を生きられる?

 答えなんてない。

 それでも、諦められない。


 腕の中には、まだハルカがいる。

 もう力は入らない。それでも、離したくなかった。


 トワ。

 ハルカ。


 まだ、一緒にいたい。


 ぼくとハルカは未練を抱えたまま死んだ。

 そして、二人はマリスになった。

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