緊急速報
いつもなら、ぼくの胸に刃が刺さり、薄れていく意識の中でこの音を聞いていた。
けれど、今回は違う。
ぼくはまだ立っている。
ギュリオォン、ギュリオォン。
わずかに遅れて、ハルカのスマホも鳴り始めた。
地面に落ちた自分のスマホに目をやる。画面には、『緊急速報』の文字が浮かんでいた。
「これ、何の――」
次の瞬間、閃光が視界を焼いた。
顔を背け、腕で目を覆ったが、きつく閉じたまぶたの裏まで、白く染まった。
おそるおそる目を開ける。
視界は白くぼやけていたが、遠くの街の上に、巨大な火球が浮かんでいるのが見えた。
その火球はさらに膨張し続け、ビル群を次々に呑み込んでいく。
それは、ぼくの住んでいる街の方角だった。
ギュリオォン、ギュリオォン。
足元のスマホから、音に続く声が流れた。
『ミサイル飛来。ミサイル飛来。直ちに頑丈な建物や地下に避難してください』
ミサイル……
画面にも、同じ言葉が表示されている。
ぼくが何度も死の間際に聞いた、あの音。
ぼくに終わりを告げていたのは、ミサイルの飛来を知らせるアラートだったのだ。
『繰り返します――』
「カナタさん……あれは……」
ハルカが震える手でぼくの腕をつかんだ。
答えようとしても、声が出なかった。
火球は膨れ上がり、その下から灰色の煙が広がっていた。街の輪郭が次々に消えていく。
黒の暗殺者も、それを見ていた。
座り込んだまま、落とした刃を拾おうともしない。
「……どういうことなんだ」
ぼくの問いに、奴は肩を落とした。
「間に合わなかった」
「何が?」
「こうなる前に、君を仕留める。それが私の任務だった」
黒の暗殺者は初めてぼくの問いかけに答えた。
「ぼくを殺せば、あれを止められたっていうのか?」
「その可能性はあった」
暗殺者は、呆然と光を見つめていた。
「あれは核ミサイルだ。某国が、新型兵器の威力を世界に見せつけるために撃ち込んだ」
「核……なんで、東京に……」
「君が投稿した動画を覚えているか?」
ぼくは声を詰まらせた。
――アギョーン。
場違いな掛け声が、頭の中によみがえる。
軽快な音楽に合わせ、某国のトップが裸同然の格好で一発ギャグをする。国民たちが一斉にまねをして、最後は巨大なケーキに飛び込む。
ただ、それだけのくだらないAI生成動画だった。
誰かが笑ってくれれば、それでよかった。
その動画は予想以上に拡散され、再生数は伸びた。
しかし、やがて非難コメントが殺到。
手に負えないほど炎上し、怖くなったぼくはアカウントを消去した。
それで、終わったと思っていた。
「あれから君の動画をまねた投稿が、次々と拡散した。削除が追いつかないほどにな。内容もさらに過激になった。某国のトップは、それを自分への侮辱と受け取った」
「だからって……」
「最初の投稿者が住む都市。それが、東京を標的に選ぶ理由になった」
ぼくは首を振った。
「そんなことで、核を撃つのかよ……」
「もちろん理由はそれだけではないだろう。だが、某国にとっては、力を誇示できれば標的はどこでもよかった。君の動画が、東京を選ぶ口実になったんだ」
黒の暗殺者が、ぼくへ視線を戻した。
「計画をつかんだ我々は、秘密裏に某国と交渉した。その結果、迅速に君を始末することが攻撃の撤回条件となった」
「……ぼくの死体を差し出すつもりだったのか」
「それで大勢を救えるなら、実行せざるを得ない。それが私に下された命令だ。だが……間に合わなかった」
目の前の人物は、ぼくを恨んでいたわけではなかった。
大勢の国民と、ぼく一人の命を天秤にかけたのだ。
「あんた、何者なんだ?」
黒の暗殺者は短く息を吐き、答えた。
「内閣情報調査室、特別対策班のエージェントだ。公にはできない手段で、国を守る。それが私の仕事だ」
ぼくの敵は、この国だった。
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