黒の暗殺者
けれど、奴はまだ知らない。ぼくが何度黒の暗殺者と戦い、その動きを体に叩き込んできたのかを。
勝負は、初撃。
暗殺者が間合いを詰めた。
刃が真っすぐ心臓を狙ってくる。この一撃は、ぼくの体が覚えている。
ぼくは身をずらし、剣を受け流す要領でスタンガンの先端を刃に合わせた。
電極が刀身に触れ、ばちりと青白い火花が散る。
暗殺者が一瞬、手を引いた。
その隙に、ぼくは腕を突き出す。
届く――。
電極は黒い上着をかすめた。
奴は身を翻しながら、もう次の一太刀を繰り出していた。
ぼくはとっさに体をひねる。
胸元が裂け、焼けるような痛みが走った。
深く斬られはしたが、急所ではない。まだ動ける。
だが、初撃では決められなかった。
暗殺者の動きが明らかに変わった。
もう、ぼくをただの一般人だとは思ってくれない。
あとは何秒、持ちこたえられるか。
これまでの最高記録は、五秒だ。
再び迫る切っ先。
飛び退くと、顎のすぐ下を刃が通った。
タイミングを合わせて繰り出したスタンガンは、足で蹴り上げられた。
落とすものか。
握り直しながら後ろへ跳ぶ。
着地したときには、もう次の刃が迫っていた。
速いだけじゃない。ぼくが逃げる先を、読まれている。
暗殺者と何百回も戦った経験は生きている。
そうでなければ、もうとっくに死んでいる。
それでもまだ届かない。
レヴェリアの強化者すら上回るような身体能力だ。
だが、奴は人外の化け物ではない。これまでの言動からも、むしろ理性的な人間を思わせる。
そしてぼくがどこにいても必ず見つけ出し、殺しに来る。
一体どうやって……
刃をかわし、横へ逃れる。
ポケットからスマホが飛び出し、地面に落ちた。
――こいつか?
いつも正確に居場所を突き止められる理由。
ぼくのスマホの位置情報を知られていたのだとしたら、説明がつく。
考えかけたところで、暗殺者の刃が来る。
ぼくは刺されることを覚悟でスタンガンを突き出すと、奴は反応し、一歩後退した。
他人のスマホの位置情報を、そう簡単に知ることはできない。
仮に居場所を突き止めたとしても、ヘリでここまで来たぼくたちに追いつくには、それなりの移動手段が必要になる。
そんなことができるとしたら、これは個人的な恨みなんかじゃない。こいつの背後には巨大な組織がある……
いや、今は考えるな。
一秒でも長く生き延びるんだ。
退きながらスタンガンを構え直す。
そろそろ五秒。相手の動きもさらに速くなっている。
相手の狙いは見えるのに、身体がついていかなくなってきた。
一撃だけでも――。
そこで足がもつれ、体が傾く。
踏ん張ろうとしたわずかな隙に、暗殺者が懐に飛び込んできた。
いけない。
かわせない。
ゴッ!
その瞬間、鈍い音がして暗殺者の首が突然横に弾かれた。
ハルカが投げた大きな石が、奴の横顔に命中したのだ。
「ナイス、ハルカ!」
暗殺者がわずかによろめく。
令嬢の投石に救われるなんて、思ってもみなかった。
でも、この隙だけは逃さない。
ぼくは即座に地面を蹴り、その懐へ飛び込んだ。
そしてボタンを押したまま、暗殺者の首元にスタンガンを押し当てた。
バチッ!
放電音が弾けた。
暗殺者は体を痙攣させ、その手から刃物が落ちた。
初めてだ。あの刃を、手放させた。
ぼくはすぐにそれを遠くに蹴り飛ばす。
奴は倒れることはなく、片膝をついた。
ぼくもそれなりの傷は負ったが、まだ生きている。
そのときだった。
ギュリオォン、ギュリオォン。
地面に落ちたスマホが鳴った。
耳障りで、何度聞いても慣れることのない、現実の終わりを告げる音だ。
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