要石
ハルカの手を握り、小さな光を追う。背後には瀬葉の足音が続いていた。
『ここだよ』
トワが立ち止まった先に、黒い石があった。
ぼくの腰くらいの高さの石が、地面から真っ直ぐ突き出している。
「これは……」
石は地面の奥深くまで続いているようだ。
「これは、要石かもしれませんな」
瀬葉が興味深そうに石を覗き込んだ。
「要石?」
「はい。地震を起こすナマズを押さえていると伝えられる霊石です。鹿島神宮や香取神宮のものが有名ですな。地上に見えるのは一部分で、いくら掘っても底に届かなかったとか」
「じゃあ、この下にも続いているのかな」
「これが要石であれば、そうでしょうな。ただ、御嶽山にあるとは、私も聞いたことがありません」
黒い表面は、濡れたような光沢を帯びている。
ぼくはその石に手を伸ばし、指先で触れた。
その冷たさが、記憶を呼び起こした。
ぼくは、これを知っている。
十二年ほど前。
今と同じように、どちらへ歩いても白い霧ばかりだった。
お母さん、お父さん、と呼んでも返事はない。
霧の向こうで、黒い影が動いていた。
その影は、ぼくよりずっと大きい。
赤く光る一つの目。異形の化け物。
ぼくは逃げた。
そして黒い石の陰にうずくまった。
黒い影は石の周りをぐるぐる回っていた。まるで見えない壁に阻まれているように、それ以上は近づいてこなかった。
「カナタさん?」
ハルカの声で我に返った。
「……思い出した。ぼくは、ここにいたんだ」
幼い頃に遭った、三日間の神隠し。
あのとき、ぼくはこの石に守られていた。
石に触れていた指が、くぼみに引っかかった。
土を拭うと、縦に細長い穴が現れた。上部が丸く、その奥は暗い。
同じ形の穴が、等間隔に並んでいる。
窓みたいだ。
石は上へ行くほど細くなり、窓の上には帯状の出っ張りがある。
ぼくはふと思った。この形、どこかで見たことがある。
「ハルカ。この石をよく見て!」
黒い石を見つめた彼女の顔に驚きが浮かんだ。
「そんな……これは、霧の塔ですわ」
白と黒。色は異なるが、その形は、霧の街の中心にそびえる塔によく似ていた。
雲に隠れた霧の塔の頂上まで、ぼくは登ったことがなかった。けれど、まるでレヴェリアにそびえる塔の先端だけが、この世界へ突き出しているようだった。
「あの塔はハルカが創造したんじゃないの?」
「いいえ。私がレヴェリアに来たときには、もうありましたわ。マリスが中に入れない不思議な力があったので、そこを住まいにしたのです。街は、霧の塔を中心に作ったのですわ」
さらに記憶が蘇る。
ぼくは自分の手のひらに目を落とした。
あのとき、霧の中には異形がいた。
ぼくはそいつから逃げ、この場所に辿り着いたのだ。
黒い石の後ろに身を隠し、必死に石を掴んでいた。
異形が動くたび、ぼくも体を震わせた。
そのとき、手のひらに鋭い痛みが走った。
見ると血がにじみ、黒い石の欠片が刺さっている。
慌てて抜こうとした瞬間、欠片が淡い光を放った。
光は傷口へと染み込み、やがて欠片ごと消えてしまった。
「石の欠片が……ぼくの体に入ったんだ」
かつて傷のあった場所を、指でなぞる。
あのとき、この石の力がぼくの体に宿った。
レヴェリアでマリスになったぼくが、人の姿と意識を取り戻せたのも、この力のおかげだったのかもしれない。
ハルカが、ぼくの手をそっと握った。
「私たち、同じものに守られていたのですわね」
彼女とうなずき合い、トワに向き直る。
「ありがとう。トワのおかげで、ここまで来られたよ」
けれど、返事はなかった。
トワはうつむき、小さな肩を震わせていた。
「……えぐっ」
「どうしたんだ、トワ?」
トワは泣いていた。
かがみ込むと、トワがぼくの胸に飛び込んできた。
光に包まれたその背中を、両腕で受け止める。
触れられる。
腕の中には確かな重みがあった。
「もうすぐ、お別れの時間なの」
胸元で、くぐもった声がした。
「やっと、パパに会えたのに……」
ぼくはトワを抱く腕に力を込めた。
「どうして? トワ、消えちゃうのか?」
トワはぼくの胸に顔を埋めたまま、首を横に振った。
「ううん、違うよ」
小さな手が、ぼくの服をぎゅっとつかんだ。
「消えちゃうのは、パパの方なんだ」
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