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無間のハルカ・カナタ~死にすぎて致命傷でも平気なぼくは、生きるほど過去に戻る~  作者: マシナマナブ
第五章

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要石

 ハルカの手を握り、小さな光を追う。背後には瀬葉の足音が続いていた。


『ここだよ』


 トワが立ち止まった先に、黒い石があった。

 ぼくの腰くらいの高さの石が、地面から真っ直ぐ突き出している。


「これは……」


 石は地面の奥深くまで続いているようだ。


「これは、要石(かなめいし)かもしれませんな」


 瀬葉が興味深そうに石を覗き込んだ。


「要石?」


「はい。地震を起こすナマズを押さえていると伝えられる霊石です。鹿島神宮や香取神宮のものが有名ですな。地上に見えるのは一部分で、いくら掘っても底に届かなかったとか」


「じゃあ、この下にも続いているのかな」


「これが要石であれば、そうでしょうな。ただ、御嶽山にあるとは、私も聞いたことがありません」


 黒い表面は、濡れたような光沢を帯びている。

 ぼくはその石に手を伸ばし、指先で触れた。

 その冷たさが、記憶を呼び起こした。

 ぼくは、これを知っている。


 十二年ほど前。

 今と同じように、どちらへ歩いても白い霧ばかりだった。

 お母さん、お父さん、と呼んでも返事はない。


 霧の向こうで、黒い影が動いていた。

 その影は、ぼくよりずっと大きい。

 赤く光る一つの目。異形の化け物。


 ぼくは逃げた。

 そして黒い石の陰にうずくまった。

 黒い影は石の周りをぐるぐる回っていた。まるで見えない壁に阻まれているように、それ以上は近づいてこなかった。


「カナタさん?」


 ハルカの声で我に返った。


「……思い出した。ぼくは、ここにいたんだ」


 幼い頃に遭った、三日間の神隠し。

 あのとき、ぼくはこの石に守られていた。


 石に触れていた指が、くぼみに引っかかった。

 土を拭うと、縦に細長い穴が現れた。上部が丸く、その奥は暗い。

 同じ形の穴が、等間隔に並んでいる。

 窓みたいだ。

 石は上へ行くほど細くなり、窓の上には帯状の出っ張りがある。

 ぼくはふと思った。この形、どこかで見たことがある。


「ハルカ。この石をよく見て!」


 黒い石を見つめた彼女の顔に驚きが浮かんだ。


「そんな……これは、霧の塔(ミラージュ)ですわ」


 白と黒。色は異なるが、その形は、霧の街(ミラージュヴィル)の中心にそびえる塔によく似ていた。

 雲に隠れた霧の塔(ミラージュ)の頂上まで、ぼくは登ったことがなかった。けれど、まるでレヴェリアにそびえる塔の先端だけが、この世界へ突き出しているようだった。


「あの塔はハルカが創造したんじゃないの?」


「いいえ。私がレヴェリアに来たときには、もうありましたわ。マリスが中に入れない不思議な力があったので、そこを住まいにしたのです。街は、霧の塔(ミラージュ)を中心に作ったのですわ」


 さらに記憶が蘇る。

 ぼくは自分の手のひらに目を落とした。


 あのとき、霧の中には異形がいた。

 ぼくはそいつから逃げ、この場所に辿り着いたのだ。

 黒い石の後ろに身を隠し、必死に石を掴んでいた。

 異形が動くたび、ぼくも体を震わせた。

 そのとき、手のひらに鋭い痛みが走った。

 見ると血がにじみ、黒い石の欠片が刺さっている。

 慌てて抜こうとした瞬間、欠片が淡い光を放った。

 光は傷口へと染み込み、やがて欠片ごと消えてしまった。


「石の欠片が……ぼくの体に入ったんだ」


 かつて傷のあった場所を、指でなぞる。

 あのとき、この石の力がぼくの体に宿った。

 レヴェリアでマリスになったぼくが、人の姿と意識を取り戻せたのも、この力のおかげだったのかもしれない。


 ハルカが、ぼくの手をそっと握った。


「私たち、同じものに守られていたのですわね」


 彼女とうなずき合い、トワに向き直る。


「ありがとう。トワのおかげで、ここまで来られたよ」


 けれど、返事はなかった。

 トワはうつむき、小さな肩を震わせていた。


「……えぐっ」


「どうしたんだ、トワ?」


 トワは泣いていた。

 かがみ込むと、トワがぼくの胸に飛び込んできた。

 光に包まれたその背中を、両腕で受け止める。

 触れられる。

 腕の中には確かな重みがあった。


「もうすぐ、お別れの時間なの」


 胸元で、くぐもった声がした。


「やっと、パパに会えたのに……」


 ぼくはトワを抱く腕に力を込めた。


「どうして? トワ、消えちゃうのか?」


 トワはぼくの胸に顔を埋めたまま、首を横に振った。


「ううん、違うよ」


 小さな手が、ぼくの服をぎゅっとつかんだ。


「消えちゃうのは、パパの方なんだ」

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