導く光
御嶽山の山道は、深い緑に包まれていた。
頭上では木々の枝葉が幾重にも重なり、その隙間から差し込む木漏れ日が足元をまだらに照らしている。
こんな状況でさえなければ山歩きを楽しめただろう。
『パパ、そっちじゃないみたい。そこを下りるの』
しばらくは山道に沿って進んでいたが、トワが示しているらしい場所には、道などなかった。
木々の間に急な斜面が続き、その先は草木に覆われている。
「どうやら、ここから道を外れるみたいだ」
「お嬢様、くれぐれも足元にお気をつけください」
「大丈夫ですわ。歩きやすい靴を履いてきましたから」
ハルカはそう言うと、ためらうことなく斜面へ足を踏み出した。
彼女はただ澄ましているだけのお嬢様ではない。
『パパ、こっちだよ』
まっすぐ下りていくと、再びトワの声が聞こえた。
「トワ、こっちじゃ分からないよ。右? 左?」
『えっと……わかんない』
「カナタさん、トワはまだ右と左がよく分かっておりませんわ」
「そっか……」
それなら仕方がない。
ぼくは腕を伸ばし、前方を指さした。
そのまま右へ、ゆっくりと指を動かしていく。
『そっち!』
「よし、分かった」
ぼくたちはトワを信じて、山のさらに奥へと入っていった。草木をかき分け、木々の間を抜ける。
進むにつれて辺りは少しずつ薄暗く、ぼやけていった。
「霧……?」
最初は薄い靄のようだったそれが、進むにつれて濃くなっていく。
やがて数メートル先の木々さえ、白い霧に覆われて見えにくくなっていた。
「皆さん、あまり離れないで」
ぼくは後ろを振り返った。
ハルカと瀬葉がすぐ後ろにいることを確かめ、再び前を向く。
その時だった。
霧の中に、ぼんやりと光る何かが浮かんでいた。
淡い光が、小さな人のような輪郭を形作っている。
「これは、もしや……伝承に聞く大口真神では!?」
瀬葉が興奮気味に叫んだ。
『違うよ。トワだよ』
光から聞こえてきたのは、聞き慣れた声だった。
「トワなのか?」
『うん!』
光が嬉しそうに揺れる。
どうやら霧の中で、これまで声しか聞こえなかったトワが、光の姿となって現れているらしい。
「瀬葉さん、この光が私とカナタさんの娘、トワですわ」
「なんと、こちらがお嬢様のお子様ですと? 私には光は見えますが、お声までは……」
やはり声までは聞こえていないようだ。
光のトワに導かれ、ぼくたちはさらに進んだ。
進むにつれ、霧はさらに深くなる。
「この霧……レヴェリアと何か関係があるのかな?」
「そうかもしれませんわ。霧の街を覆っていた霧と、どこか似ている気がします。それに、ここへ来てトワの姿が見えるようになったのですから」
トワの光を見つめているうちに、ぼくはミコのお告げを思い出した。
『生と死が交わる所、真実を照らす光が生まれる。光は武蔵の御嶽にて、音を明らかにする』
この『光』とは、トワのことなのかもしれない。
トワは、マリスウォーカーだったぼくと、レムウォーカーだったハルカとの間に生まれた子供だ。
マリスウォーカーは強い未練を残した死者。レムウォーカーは強い願いを抱く生者。
だとすれば――。
生と死が交わる所。
それは、ぼくとハルカのことなのかもしれない。
『パパ、こっち!』
光のトワが、自分の親指をかざしてぼくたちを誘導する。
霧はますます濃くなり、周囲の景色はほとんど見えなくなった。
それでも、トワの姿だけは霧の中ではっきりと輝いている。
ぼくたちはその小さな光を見失わないよう、深い霧の中を進んでいった。
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