ムサシのミタケ
御嶽山へ向かう間、ぼくたちはこれまでのことを話した。
「トワには不思議な力があるんです。進むべき道を教えてくれる。おかげで、私も何度か危険を避けることができましたわ」
ハルカによれば、両親が亡くなった後、何度か命を狙われたことがあったらしい。
ハルカを目の敵にしていた親戚――天宮玲音と天宮円香が相次いで他界してからも、彼女が危険に晒されたことがあったようだ。
そのたびにトワが事前に察知し、ハルカに教えてくれたという。
『トワ、ママを守った』
頭の中に、得意げな声が響く。
「そうか。トワ、偉いな」
『わあい、褒められた!』
レヴェリアで生まれたトワが、現実世界でもハルカを守ってくれた。
今こうしてハルカが元気な姿でいられるのは、トワのおかげでもあるのだろう。
「御嶽山が見えてきましたな」
瀬葉の声に、ぼくは窓の外へ目を向けた。
連なる山々の中に、深い緑に覆われた山が見えてくる。
標高九百二十九メートルの武蔵御嶽山。その山頂には、大きな神社が鎮座している。
「そういえば、御嶽山にはヤマトタケルにまつわる伝承がありましてな」
「日本神話の?」
「ええ。東征の途中、この山へ入ったヤマトタケルは、突然深い霧に包まれ、道を見失ってしまったそうです」
霧――。
ぼくは思わず、その言葉に反応した。
「そこへ、どこからともなく一頭の白い狼が現れ、ヤマトタケルを危難から救ったと伝えられております」
「白い狼……」
「その狼が、山頂の武蔵御嶽神社に祀られている大口真神ですな。この辺りでは『おいぬ様』とも呼ばれております。さまざまな災いから人々を守る、魔除けの神様として信仰されてきました」
「魔除けの神……」
胸の奥で、何かが引っかかった。
幼い頃、ぼくはこの山で三日間、姿を消した。
その三日間に何があったのか、今もはっきりとは思い出せない。
ただ、あの三日間に、何か不思議なものに触れたような気がする。
ヘリはあっという間に御嶽山の上空まで飛び、山頂の神社から少し離れた、緊急離着陸場に着陸した。
そこは尾根の上に開けた場所で、遠くまで見渡すことができた。
「カナタ様、これからどちらへ向かわれるのですかな?」
瀬葉に尋ねられ、ぼくは辺りを見回した。
「それが、はっきりとは分からないんだ」
目的地は、幼い頃にぼくが神隠しに遭った場所だ。
だが、それがどこなのかも覚えていない。
両親の話では、登山道を歩いていたはずなのに、突然姿を消したらしい。
『パパが昔行ったところに行きたいの?』
するとトワの声が聞こえた。
『それならたぶん、こっちだよ』
「こっちって、どっち?」
トワは指を差しているのかもしれない。
だが、声しか聞こえないぼくには、分からない。
『えっとね……今、パパが見てる方の反対!』
「反対?」
振り返ると、小道があった。
ぼくはハルカの顔を見る。
「でしたら、行ってみましょう。トワはいつも、私に進むべき道を教えてくれましたわ」
確かにトワには、生まれた時から不思議な力があった。
ここは二人を信じよう。残された時間も少ない。
ぼくたちはトワの言葉に従い、山の中へと歩き始めた。
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